バイオマーカー

荻原 成騎(地球惑星科学専攻 助教)

バイオマーカー(biomarkerまたはbiological marker)は,“生物指標化合物”と和訳されることが多い。本来のバイオマーカーとは,1800年代半ばのヨーロッパにおける石油成因の議論において,当時旗色の悪かった石油有機成因論者が,無機成因論に対抗するために,“石油中の生物起源有機化合物”として提唱した用語である。

狭義には,生物によってつくられたことが明らかなイソプレノイド骨格を持った有機分子について用いられた。現在では生物起源の有機物の中でも,起源を特定できる特徴的な有機化合物として用いられている。代表的なバイオマーカーとして,カロテノイドやプリスタン,フィタンなどの鎖式イソプレノイド化合物,テルペノイド,ステロイドなどの環状イソプレノイド化合物,ポルフィリンなどのテトラピロール化合物が挙げられる。バイオマーカー分析は石油探査において重要な手法であり,有機物の熱履歴(有機物は熟成しているか),堆積環境(酸化的または還元的)および起源(石油と成り得るのか)などの情報をもたらす。また,バイオマーカーの分布パターンは石油ごとに異なる。これは指紋領域ともよばれ,石油と石油,石油と根源岩を対比することによって,石油がどの根源岩に由来したかの推定が行われている。

バイオマーカーは,広い意味での分子化石であり,通常では化石としては残らない生物活動を推定する手がかりとなる。バイオマーカーの特徴は,有機分子であるため化石と異なり形態保存を必要としないこと,表層堆積物における物理化学反応に対して化石よりはるかに敏感であることである。また,バイオマーカーの種類はほとんど無限であり,時間的空間的に広い範囲で有機物質が検出されるため,地球の化学進化,発達史に新しい情報を提供する可能性を秘めている。

筆者らは,日本海より採取した堆積物柱状コアから“メタン湧出に敏感な嫌気的メタン酸化古細菌由来のバイオマーカー”を分析することによって,メタン酸化古細菌活動度の時代変化復元を試みている。すなわち,メタンハイドレート融解にともなう地球温暖化,古環境変動解析の手段として,バイオマーカーを用いている。