ミツバチの社会行動

久保 健雄(生物科学専攻 教授)

ミツバチは社会性昆虫であり,血縁個体からなる集団(コロニー)を形成して生活する。ミツバチの「社会行動」の顕著な特徴として次の2つが挙げられる。1つは個体間分業であり,雌の成虫は巣に1匹だけ存在する女王蜂(生殖カースト)か,数万匹存在する働き蜂(不妊/労働カースト)に「カースト分化(同性内に起きる生殖や労働の分担の特殊化)」する。また働き蜂は羽化後の日齢に伴い,ローヤルゼリーを分泌して幼虫に与える「育児」から,巣外で花蜜や花粉を採集する「採餌」へと分業する。もう1つは「ダンスコミュニケーション」である。働き蜂は,フリッシュ(K. V. Frisch)の発見で有名な「尻振りダンス」により,仲間に餌場の位置の情報を伝達する。尻振りダンスは,暗号化された情報が伝達される「記号的コミュニケーション」の一種とされるが,ヒトの言語を含めて,記号的コミュニケーション能力は動物界では稀であり,昆虫ではミツバチがこの能力をもつ。フリッシュはこれらの業績により,1973年のノーベル生理医学賞を受賞した。

ミツバチの社会行動の分子・神経基盤には不明な点が多い。2006年にはミツバチの社会性を遺伝子サイドから調べる狙いもあって全ゲノムが解読された。私たちは,神経興奮に伴って一過性に発現する初期応答遺伝子をミツバチから同定し,その発現を指標に,採餌蜂の脳では高次中枢(キノコ体)の一部で神経活動が亢進していることを見出した。また1993年頃から,脳で領野・行動選択的に発現する遺伝子の網羅的同定(「分子的解剖」)を進めてきたが,最近,上の活動的領野で発現する候補遺伝子が同定された。また働き蜂の分業に伴い,キノコ体で核内(エクダイステロイド)受容体の一種の遺伝子発現が亢進することから,ステロイド情報伝達系のモード転換が分業のスイッチになる可能性を指摘している。ミツバチの社会行動を規定する神経回路を同定する上で重要な手がかりになることを期待している。

ミツバチでは1つのコロニーがあたかも1個体として振る舞う(生殖雌は女王蜂のみ)ため,順遺伝学の適応が難しい。遺伝子機能の解析のために遺伝子導入技術の確立が急務となっている。