三体力

酒井 英行(物理学専攻 教授)

質量をもつ二つの物体(粒子)には万有引力が働く。これは,二つの粒子の間に働く「二体力」である。物体が三つになった時には,三粒子はお互いに二体力により関連しあい三体相関が生じる。三体相関は二体力の和で表現できる。けれども,三粒子間に二体力の和で表せない力が生ずることがある。それが「三体力」である。三体力の存在を実験的に検証するには,三体系の運動方程式が解けなければならない。ニュートン力学による三体系の運動方程式には一般解がないことはポアンカレなどによって証明されている(理学のキーワード第4回「ポアンカレ予想」参照)。

原子核は量子力学で記述される世界である。その原子核は陽子と中性子で構成され,それぞれの粒子(陽子や中性子)間には核力が働いている。この核力は湯川秀樹が1935年に予言した中間子の交換で生ずる二体力である。しかし,原子核では「三体」核力が生まれることを,1957年に本学部物理学教室の藤田純一と宮沢弘成が予言した。3粒子の中のひとつがデルタ粒子に一瞬変化することにより,残りの2粒子と中間子(おもにはパイ中間子)を同時に交換するというモデルである。藤田・宮沢型三体力とよばれている。

量子力学における三体系の運動方程式は,1964年にファディーエフ(L.D. Faddeev)により導かれた。これは厳密に解くことができるが,実験と比較するためには正確な二体核力の確定が必要である。三体力効果が小さく,強い二体力効果によって容易に隠されてしまうからである。1990年代になって4000点の実験データを再現する現象論的な二体核力が完成し,体系の散乱実験と比較しうるファディーエフ理論の計算が実現した。

最近,筆者の研究室を中心とするグループは,陽子と重陽子の弾性散乱の精密測定を行い,ファディーエフ理論計算値との比較によって三体力の検証に成功した。二体力だけを使った計算では実験データが再現されず,三体力を含めることで実験データが再現されたのである。藤田・宮沢三体力の予言から半世紀近い年月が経っている。われわれの検証を受け,三体力の存在を前提とした核反応や核構造の理論計算や,三体力のより詳しい解明を目指した実験が始まっている。