クリックケミストリー

狩野 直和(化学専攻 准教授)

PCの前でマウスを「カチッ」とクリックする作業を毎日何十回も行っている。化学式描画ソフトではマウスをクリックすれば簡単に結合を作れるが,実際の実験では収率が悪かったり,分離作業に時間がかかったりと,簡単にいかないことが多い。

2001年のノーベル賞受賞者であるK. B. シャープレス(K. B. Sharpless)によって,「カチッ」と音を立ててシートベルトを締めるように,二つのパーツを高収率で副生成物を出さずに結合させる反応で,汎用性の高い基質特異的な反応のことを「クリックケミストリー」とよぶことが提唱された。1961年にR. ヒュスゲン(R. Huisgen)によってアジド(-N3原子団をもつ化合物)とアルキン(炭素−炭素三重結合化合物)から1,2,3-トリアゾールを形成する1,3-双極子付加環化反応が開発され,Huisgen反応とよばれている。2002年に銅触媒によってHuisgen反応が飛躍的に加速することが発見されて以来,多くの論文でこの反応が利用されたため,「トリアゾール形成反応」=「クリックケミストリー」とされる場合もある。

上記の定義以外のクリックケミストリーの特徴および利点は,操作が簡便なこと,精製操作が必要ないこと,基質と生成物が水や酸素に対して安定で水中を含む多様な反応条件で進行することである。アジドおよびアルキンは多くの官能基や生体分子に対して不活性であり,両者からトリアゾールを生成する反応は発熱的な熱力学的に有利な反応である。すなわち,生体分子などの多様な分子にアジドおよびアルキンをタグとして導入してもタグ自体は反応せず,両者を反応させることで初めて結合形成が起こる。アルキン側とアジド側の組み合わせを変えるだけで多様な生成物のライブラリーが構築できるため,酵素阻害剤の探索などに使われてきた。高分子合成や,医薬品などの機能性物質の開発への応用まで研究が進んでいる。化学専攻の中村研究室では病原性大腸菌が産生する毒素タンパク質に対して阻害能を有する糖結合フラーレンの合成が行われ,橘研究室でタンパク質のN末端のみを選択的にベータカルボリン化する反応について研究が行われている。

PCの画面上ではなく,フラスコの中でアルキンやアジドのタグの付いた試剤を組み合わせて“クリック”することで有用な機能を発現させることができる便利な方法である。