ペタコンピューティング

平木 敬 (情報理工学系研究科コンピュータ科学専攻 教授)

スーパーコンピュータの性能向上の過去と未来

コンピュータは,その最初期の段階から理学研究と深く関係して開発が行われてきた。1960年代に開発された最初のスーパーコンピュータは,1 Mflopsの演算速度をもち,以後今日まで,指数関数的な性能向上を実現してきた(図)。現在,最速のスーパーコンピュータは長年の夢である1ペタフロップス(1秒間に1000兆回の計算)に達しつつあり,数年後に10ペタフロップス(1秒間に1京回の計算)を実現するプロジェクトが,日本や米国で実施中である。したがって,計算速度は過去45年で10億倍に高速化している。

それでは,ペタフロップスを実現することの理学研究への意義は何であろうか?計算が高速になることで,従来から用いられてきたさまざまなシミュレーションの対象規模が拡大し,精度は向上する。問題の種類にもよるが,計算速度が1000倍速くなることにより,5倍から10倍の規模の問題がシミュレーション可能となる。しかしながら,ペタフロップスレベルの性能の実現は,理学研究により多くのインパクトをもたらす。ゲノム情報に代表される生物情報の処理,科学文献情報の抽出など離散的問題,離散系と連続系が複合している問題は,問題サイズの拡大に対して,さらに高次の計算力を要求し,ペタフロップスレベル(実際にはペタ命令/秒)の性能で初めて現実的な問題に取り組むことができると言って過言ではない。

また,ペタフロップスを1システムで実現する技術は,さまざまな副次的効果があり,多くの貧乏な理学研究者にも大きな福音となる。すなわち,実現可能な規模,消費電力,コストでペタフロップスレベルのシステムができることは,個人や研究室で持てる情報システムが著しく拡大することを意味する。2011年には10ペタフロップスのスーパーコンピュータが200億円,10 MWでできる予定であるが,換算すると,1 Tflopsが200万円,1000 Wである。問題の性質が計算量的に高次であるならば,このようなシステムで,かなりの研究目的を達成することが可能である。

私たちは,国立天文台の牧野淳一郎氏(プロジェクト発足時は理学系研究科天文学専攻所属),情報理工学系研究科の稲葉真理氏らとともに,極超高速・低消費電力・低コストのスーパーコンピュータ,GRAPE-DRシステムを構築中である。GRAPE-DRは,512個の要素プロセッサを1個のチップに集積した512ギガフロップス(1秒間に5120億回演算)のチップを開発し,全体で1ペタフロップスを超えるシステムの構築を目指している。GRAPE-DRチップを汎用のサーバとともに用いることにより,1 Tflopsあたり100万円,1000 Wのシステムが実現すると予測している。これらのシステムを使って,新しい科学をつくりだすことが,今後の課題である。