花の進化

平野 博之(生物科学専攻 教授)

私たちが研究対象としているイネの花。りんぴ(矢尻)は,花弁が変形した器官。

花は私たちの生活に潤いをもたらせてくれるものであるが,植物にとっては子孫を残すための生殖器官である。「花」というと花びらを連想する方も多いと思うが,一般的な植物では,ガク片,花弁(花びら),雄しべ,雌しべからなる構造を指す。雄しべや雌しべの中で減数分裂が起き,配偶子が形成される。動物の精子と卵に対応するのは,花粉に形成される精核と胚珠内の胚のうに形成される卵細胞である。シダやコケ植物なども,次代に遺伝情報を伝えるために配偶子を形成する。しかし,花という生殖器官を発達させたのは,裸子植物と被子植物に限られている。これらの植物では,配偶子同士が効率よく安全に出会い,確実に受精を行うために,花という特別な構造を進化させた。裸子植物では花弁がない地味な花であったが,被子植物の花は,花粉を媒介する昆虫とともに,まさに華々しく多様に進化してきている。

ところで,花は進化の過程で,新たに突然現れた器官ではない。実は,花の各器官は葉が変形したものである。専門外の方が意外に思うかもしれないこの考え方を最初に提唱したのは,「意外にも」,詩人であり文学者でもあるゲーテである。自然科学にも造詣の深かったゲーテは,1790年「植物変態論」という書を著し,この考えを展開している。その後,植物学として花の形態進化の研究が進んできたが,その根底にはゲーテの思想が流れている。 1990年代に入り,植物の分野でも,遺伝子の働きから形づくりを解明する分子発生遺伝学が発展してきた。その中で,花の発生を説明するモデル(ABCモデル)が遺伝学的に提案され,引き続く分子生物学的研究により確証されてきた。このモデルは,A,B,Cの3つのクラスに分類される遺伝子の組み合わせにより,ガク片,花弁,雄しべ,雌しべ(正確には心皮)が決定されるというものであり,簡潔で美しいモデルとして,植物発生学の中でも際だっている。さて,このA,B,Cの3つの遺伝子を同時に機能喪失させると,すべての花器官がほぼ葉のような器官に変化した。これら3種の遺伝子がなければ,花は葉へと先祖返りしてしまうのである。ゲーテからほぼ200年後,彼の提唱した考え方が,現代生物科学の言葉によって証明されたことになる。

本研究科では,生物科学専攻の邑田研究室(植物園)や筆者の研究室などで,形態や遺伝子機能など多様な観点から,花の進化の研究が行われている。