モータータンパク質

神谷 律(生物科学専攻 教授)

モータータンパク質とは,ATP加水分解のエネルギーを使って細胞の運動を発生させるタンパク質を指す(広く分子レベルの運動を行うタンパク質全般を指すこともある)。古くから筋収縮,鞭毛運動,アメーバ運動,原形質流動などの細胞運動現象が知られていたが,長い間それらは特殊な細胞が行う特殊な現象であると考えられていた。しかし,1970年代以降,すべての真核生物の細胞内には運動を発生する共通の機構があり,それが特殊な運動だけでなく,物質の輸送や染色体の分配といった一般的機能を担っていることがわかってきた。その機構には,細胞骨格と呼ばれる2種のタンパク質繊維(アクチン繊維と微小管)と,その上を滑走するタンパク質群が関わっている。80年代後半に純化したタンパク質を使って顕微鏡下で運動を発生させる技術が開発されると,それら滑走タンパク質はモータータンパク質とよばれるようになった。現在モータータンパク質として,アクチン繊維上を滑るミオシン,微小管上を滑るキネシンとダイニンの,計3種が知られている。いずれもATP分解酵素である。

細胞内にはその3種それぞれに複数の類似タンパク質があり,それぞれ固有の働きを担っている。それら個々のタンパク質の機能と調節のしくみの解明は,細胞生物学の大きな課題である。いっぽう,生物物理学分野での中心的課題は,化学的エネルギーがどのようにして力学的エネルギーに変換されるのかという基本的問題である。最近では,単一タンパク質の運動を,ATPの分解をモニターしながらナノメートルの精度で計測する実験が可能になり,今までの考えを覆す発見が行われている。たとえば,これまでミオシンはATP1分子の分解ごとに1回の分子変形を起こして1ステップ動くと考えられていた。しかし最近では,運動には熱ゆらぎの寄与が大きく,運動のステップ数はATPの加水分解数と必ずしも一致しないという考えが優勢になりつつある。しかし,どのようにして方向性のある滑り運動が生まれるのかは,まだ謎である。

理学系研究科では,生物科学専攻の真行寺研究室と筆者の研究室でダイニンの運動性に関する研究が行われている。モータータンパク質は真核細胞の多くの現象の基礎として重要であるから,生物科学専攻,生物化学専攻で行われている多くの研究が,少なくとも間接的に関係しているといえる。