理学部紹介冊子
概日時計
私たちが一日周期で目覚めたり眠くなったりするのは,外界が明るくなったり暗くなったりするからではない。光や温度など外部環境の変化を遮断した地下実験室で生活しても,約1日周期の活動や体温のリズムが継続する。この実験結果から,われわれが体内時計をもっていることがわかる。ヒトだけでなく,植物やバクテリアを含めて多くの生物は体内時計をもち,朝になると植物は花を開いて受粉に備え,シアノバクテリアは窒素固定をやめて光合成に切り替える。このような生物リズムは,概(おおむ)ね1日周期という意味で概日(がいじつ)リズムと呼ばれる。英語では,ラテン語の約(circa)と1日(dies)を連ねた造語“circadian”(約1日)を使ってサーカディアンリズムと呼ばれる。
ヒトの睡眠や体温のリズム周期は約25時間で1日より少し長い。ところが通常の生活では外部環境の変化が刺激となり,体内時計の位相を前進させて1日周期に同調する。この同調因子として,ほぼすべての生物が光を利用している。ヒトの場合,眼の網膜で受容された光情報は視神経を通して視覚を担う脳内領域に運ばれるが,ごく一部の神経は,わき道へそれて視床下部の時計神経に入力し,その時刻合わせを行う。ヒトは,朝に浴びる光でリズムの位相を1時間だけ補正して(前進させて)いる。いっぽう,生物実験でよく使われるハツカネズミの系統では,リズム周期が23時間に近いので,重要な位相同調(後退)因子は日没前の光である。野外の観察によると,夜行性のネズミは夕暮れになると巣穴の入り口に近づいて外を窺うという。巣穴の入り口で浴びる夕暮れの光を使って位相を後退させているらしい。
この数年,概日時計が24時間を刻む分子機構の解析が爆発的に進み,多くの時計遺伝子が見つかった。特定の時計遺伝子が活性化されてタンパク質に読みとられ,これが自らの遺伝子の活性化を抑制する,という「自己制御フィードバックループ」が概日時計の分子骨格であることがわかってきた。しかし,このような単純なループがなぜ24時間というひじょうに長い周期の分子サイクルを安定に生み出すのか,また,いかにして明暗サイクルなどの環境因子に同調しているのか,といった多くの疑問が残されている。このような研究課題に対して本研究科では,生物化学専攻の深田研究室が概日時計の発振機構と位相同調の分子解析に取り組んでいる。また,広い意味での生物のリズム現象として,体節形成の時計機構に武田研究室(生物科学専攻)が取り組んでいる。