DNAナノテクノロジー

萩谷 昌己(情報科学科 教授)

理学のキーワードという欄に「テクノロジー」というキーワードを掲げて恐縮であるが,この分野に関連したさまざまなキーワードの中で少なくとも現時点ではこれがもっとも適切であると思う。一般にナノテクロジーとは,個々の分子や原子をナノメートルのスケールで制御して,2次元や3次元の構造を作ったり,静的な構造だけでなく可動部をもつ構造(すなわちロボット)や各種の機能分子を組み合わせたシステム(たとえば分子回路)の構築を目指す研究分野である。

ナノテクノロジーには大きく二つのアプローチがある。ひとつは,原子間力顕微鏡などのひじょうに微細な探針を用いて分子や原子を直接に操作することにより,ナノスケールの構造物を作ろうとするアプローチである。いっぽう,分子や原子同士が自ら選択的に結合する能力を活用してナノスケールの構造物を作ろうとする「自律的」アプローチがある。このアプローチは「機械の自己組み立て」の技術としてマイクロスケールにおいて従来から研究されてきたが,明らかにこのアプローチが真価を発揮するのは,個々の部品を直接に操作することが困難なナノスケールの領域である。これに対して前者のアプローチを「他律的」と呼ぶことがあるが,少なくとも現状では,他律的アプローチによって分子や原子を操作できたとしても,恐ろしく能率が悪い。

しかし,ナノスケールにおいて自律的アプローチを現実のものとするには,選択的に結合する部品を自由に設計・実装できなくてはならない。そこで注目されるのが,ワトソン・クリックの相補性によって選択的に二本鎖を形成するDNA(またはRNA)である。DNA分子を用いたナノスケールの構造形成の技術は長年に亘って研究されてきた。とくに, DNAから作られたタイル状の分子(DNAタイル)を部品として,それらの自己組み立てによって構造を形成する技術が活発に研究されている。最近では,ウィルスのゲノムのようなひじょうに長いDNA分子を意図した構造に折り畳む技術(DNAオリガミ)が開発され注目を集めている。このような構造形成のプロセスを制御することは「プログラミング」と呼ぶにふさわしい。選択的結合性に優れたDNA配列の設計,誤った結合を取り除く仕組み,プロセス全体の効率的なスケジューリングなどが典型的である。ちなみに,萩谷が代表を務めている「分子プログラミング」の特定領域研究は, DNAナノテクロジーに対してこのような情報技術の観点から取り組んできた。