FRET

佐藤 守俊(化学専攻 講師)

蛍光共鳴エネルギー移動(Fluorescence Resonance Energy Transfer,略して「FRET」)とは,ある蛍光分子(ドナー)の蛍光スペクトルと,もうひとつの蛍光分子(アクセプター)の励起スペクトルに重なりがある場合,この二つの蛍光分子が近接し,かつ両分子の双極子モーメントが適切な方向関係にあると,ドナーからの発光が起こらないうちに,その励起エネルギーがアクセプターを励起してしまう確率が高くなる現象をいう。重要なのは,「FRET」の効率が蛍光分子間の距離(1〜10nm程度)と配向の変化に対して敏感に変化するということである。配向因子を無視すると,「FRET」効率は蛍光分子間の距離の6乗に反比例する。まさに「FRET」はナノメートルオーダーの定規といえる。タンパク質もちょうどナノメートルの大きさなので,目的のタンパク質にドナー・アクセプターを連結すれば,タンパク質の微妙な構造変化を蛍光変化として検出できる。

「FRET」は1940年代にフォルスター(T.Forster)博士により確立され,1970年代より生命科学研究への応用が行われている。タンパク質の構造変化の計測に加えて,一塩基多型(SNPs)の検出,定量PCRなどに応用され,生命科学研究において不可欠な技術となっている。

ある技術が別の技術と結びつくとさらに強力な技術となる。科学技術の世界でよくある相乗効果であるが,「FRET」も素晴しいパートナーと出会うことになる。1960年代に下村脩博士が発見したクラゲの緑色蛍光タンパク質(GFP)である。このGFPは改質がくりかえされて多色化し,サンゴなどから後に発見された蛍光タンパク質も合わせると,蛍光タンパク質のバリエーションは青から赤まで今や数十色に及ぶ。この蛍光タンパク質をドナー・アクセプターとして用いた「FRET」技術が可能になったのである。それまでは有機蛍光分子が用いられてきたが,蛍光タンパク質で「FRET」が可能であることを1996年にミッタラ(R. D. Mitra)博士が示すと,遺伝子工学技術を得手とする研究者が一気に「FRET」を活用するようになり,ロモサー(V. A. Romoser)博士,宮脇敦史博士によるカルシウムの蛍光プローブ,化学専攻の梅澤喜夫教授と私,佐藤によるタンパク質リン酸化,脂質メッセンジャー,一酸化窒素,環状核酸の蛍光プローブの開発につながった。

顕微鏡でひとつひとつの細胞を覗きながら,その中の分子の動きや反応を蛍光プローブで可視化し,生命科学研究を展開する。「FRET」は,そんな新しい研究スタイルを支える技術のひとつである。