理学部紹介冊子
テラヘルツ波
テラヘルツ(THz)波とは文字通り周波数がテラ(1012)ヘルツ領域にある電磁波のことである。広くは, 0.1〜100THzまでが含まれる。波長にすると1THzは0.3mmである。波長0.1〜1mmの間はサブミリ波とも呼ばれる。電波と光波の狭間にあるTHz帯は,これまで簡便な光源や検出器がなかったため,電磁波に残された「秘境」であった。ところが,この「秘境」にはさまざまな興味深い現象がひしめき合っている。
分子を例にとろう。分子の回転運動は量子化されており,エネルギーの高い準位から低い準位に遷移する際に電磁波を放出する。軽い分子の場合その周波数はTHz帯に集中する。原子内の電子も自身のスピンによってTHz帯に微細なエネルギー構造をもつ。物理学専攻の山本智教授らは,星間空間にある星間分子雲から届くこのTHz波やサブミリ波領域の分子輝線の観測を通して,星の誕生の起源に迫っている。
では,固体はどうだろうか。多くの結晶では温度を下げていくと相転移を起こし,結晶を構成するイオンの配列の変位や磁気的(スピン)配列が自発的に秩序化を起こすことがある。身近な例は磁石(強磁性体)だが,他にも強誘電体,反強磁性体などが挙げられる。この低温相では,集団の励起状態の量子(素励起)が発現し,その素励起のエネルギーも多くはTHz帯にあるので,素励起の振る舞いを知ることで固体の相転移現象のミクロな機構を調べることができる。“古典的”な金属の超伝導を担うのは引力を及ぼしあう電子の対(クーパー対)の集団だが,クーパー対を引き離すエネルギーもTHz帯にある。いっぽう,高温超伝導体の起源はいまだ解明されていない現代物性物理学の難問であり,物理学専攻では理論実験両面から謎解きが進められている。ここでもTHz領域の電磁応答は電気伝導測定と併せて,超伝導の微視的機構を探る手段を提供している。
近年,このTHz波の発生検出技術が急速に進歩しつつある。そのひとつの柱はフェムト秒パルスレーザーを用いて,超短THz波パルスを発生し,周期10−12秒(1兆分の1秒)で超高速に振動するTHz波の電場の時間波形を直接計測する時間領域分光法である。筆者の研究室ではこの時間領域分光法を用いて,固体における相転移現象や,光励起された電子正孔集団が示す量子現象の探求を進めている。高い時間空間分解能を併せもつTHz時間領域分光法は,従来のフーリエ変換分光法を凌駕する新しい手法として注目されている。
結晶成長技術や微細加工技術の進歩も目ざましく,半導体量子構造を利用してTHz帯で発振する半導体レーザー(量子カスケードレーザー)や,超伝導を用いた超高感度THz検出器も開発されつつある。生体分子もTHz帯に特徴的な吸収をもつことが示され, THz波技術は基礎理学の広い範囲にわたって利用され発展をしている。