ポアンカレ予想

松本 幸夫(数理科学研究科 教授,理学部数学科 教授 兼任)

現代的なトポロジーの基礎理論を創ったH.ポアンカレ(H. Poincare)が1904年の論文で述べた予想。3次元球面のトポロジカルな特徴づけに関する予想のことである。通常の球面は,ゴムボールの表面のような曲面で,これを2 次元球面という。3次元球面というのは,もう1次元だけ次元の高い「球面」で,たとえば,4次元ユークリッド空間のなかで定点からの距離が一定の図形が3次元球面である。

2次元球面は,次の特別な性質をもつ閉曲面である。すなわち,2次元球面のうえに任意のループを描くと,そのループは始点と終点を止めたまま球面上を滑らせて,1点に縮められる。他の閉曲面,たとえばドーナツ型の曲面ではこうはいかない。閉曲面のなかで,このようにループが1点に縮むという性質(「単連結性」または「1-連結性」という)をもつものは球面に限る。

曲面の概念を3 次元に拡張した「3次元多様体」という空間についてはどうか。ポアンカレは閉曲面の場合と同様に「閉じた3次元多様体のなかで単連結性をもつものは3次元球面に限るだろう」と予想した。これがポアンカレ予想である。この予想はさらに,「閉じたn次元多様体で[n/2]-連結性をもつものはn次元球面に限るだろう(正確には,n次元球面に同相だろう)」という形でn次元に一般化されている。

面白いことに,一般化されたポアンカレ予想は,はじめに5次元以上の場合に解決され〔S.スメール(S. Smale),1960〕,少し遅れて1982年に4次元の場合が解決された〔M.H.フリードマン(M. H. Freedman)〕。本来の3次元ポアンカレ予想だけが残っていて,西暦2000年に「クレイ数学研究所」が7大問題のひとつとして賞金100万ドルの懸賞金を賭けたことは有名である。

最近(2002/2003),G.ペレルマン(G. Perelman/Перельман)というロシア人数学者が,3次元多様体上のリーマン計量を「リッチ流」とよばれる熱方程式型の非線型方程式で変形する理論を使って本来の3次元ポアンカレ予想を解決し,大きな話題になっている。今年8月にマドリードで開催された国際数学者会議において,数学のノーベル賞といわれるフィールズ賞が与えられることになったが,当人が受賞を拒否したことで,さらにジャーナリスティックな興味を引き起こした。