フラーレン

磯部 寛之(化学専攻 助教授)

今から約20年前の1985年11月,雑誌「ネイチャー」に一報の論文が掲載された。「C60 : Buckminsterfullerene」と銘打ったこの論文が,現在[60]フラーレン(C60)として知られる分子の「科学」の始まりだった。この発見によりノーベル賞を与えられたKroto, CurlとSmalleyらが,「How the news that we were not the first to conceive of soccer ball C60 got to us(サッカーボールC60を初めて考え出したのはわれわれではなかった,とういうことをいかに知ったか)」という論文で紹介しているように,フラーレンはもともと1970年に大澤映二(当時は京都大学,現在は株式会社ナノ炭素研究所に所属)が考え出した分子であった。

60個の炭素原子がサッカーボール状に共有結合したこの分子は,発見当時は煤の中にごくわずかに含まれる分子だった。1990年にはアーク放電による大量合成法が開発され,さらに最近,トルエンを不完全燃焼させるだけでフラーレンを作りだす方法が工業化されることで,世界に先駆け日本で企業化・量産が始まった。フロンティアカーボン社により年間千トンを越える本格的工業生産が開始され,1990年にはダイアモンドより高いと言われたC60は今や,1グラム500円と以前の600分の1の価格で手に入るようになっている。ボーリングボール,ゴルフクラブ,メガネフレーム,バトミントン・テニスラケット,エアコンオイルなどわれわれの身近なものに利用され始めている。

フラーレンが注目されている最大の理由のひとつは,その比較的高い化学反応性にある。その化学反応性を利用して化学修飾したフラーレンには,「フラーレンそのもの」にはない機能性が見出されており,次世代の材料としての期待がさらに高まっている。