第一原理計算

常行 真司(物理学専攻 助教授)

第一原理(first principles)計算というのは「もっとも基本的な原理に基づく計算」という意味で,電子間,原子核間,および電子-原子核間のクーロン相互作用から出発し,量子力学の基本法則に立脚した電子状態理論を使って電子分布を決め,物質の諸性質を計算することを指す。実験では分からないミクロな情報を補うことで,実験結果の理解に役立つのはもちろん,最近では,まだ合成されていない新物質や,実験困難な極限条件下の物質科学研究のために,欠くことのできない研究手法となりつつある。「非経験的電子状態計算」とも呼ばれる。経験パラメータを含んだ簡単なモデルを使った計算は, 第一原理計算にくらべて計算規模が小さく,物理現象の本質を見極めるのに役立つことが多い。一例は、原子間の相互作用を経験的なレナード・ジョーンズのポテンシャルで表現して行う、分子動力学の計算である。しかしこれらの場合,モデルの任意性や研究者の思い込みによって、間違った結論に到達することも少なくない。そこでモデル化を避け,虚心坦懐に物質をシミュレーションするのが,第一原理計算の流儀である。

は第一原理計算の難しさはどこにあるのだろうか。電子分布を決める多体問題は複雑すぎて解けないので,なんらかの近似を導入する。もっとも単純なのは,着目する電子以外の電子分布を平均分布で置き換える平均場近似である。これはたとえていえば,車で走る道を選ぶのに,積算平均された通行量を見て考えるようなものである。何も知らずに道を選ぶよりは渋滞に巻き込まれる確率は低いが,道の混み方はその時々で違うし,そもそも平均分布だけを信じて運転しようものなら,目の前の車にだって衝突するに決まっている。実際の電子はクーロン斥力によって互いに避け合いながら分布する。この効果(電子相関効果)をどのように取り入れるか,つまり平均場近似をいかにして超えるかが,第一原理計算の最大の課題である。

計算機の進歩とそれに見合った方法論の発展によって,第一原理計算は以前より手軽で信頼性の高い実用的な手法となり,応用範囲が着実に広がっている。本研究科では,筆者の研究室で,表面吸着系や超高圧下の物性研究への応用と,新しい方法論の開発を行っているほか,物性研究所の杉野修助教授(物理学専攻協力講座)のグループで,電極反応のシミュレーションを目指した研究が進められている。またいくつかの研究室では,商用パッケージソフトを使った第一原理計算を,実験の補助的に利用しているようである。