分化全能性

杉山 宗隆(植物園 助教授)

分化全能性(全分化能,英語ではtotipotency)は,個体を構成するさまざまな種類の細胞のどれにも分化することができる潜在能力である。動物でも植物でも,すべての細胞の起源となる受精卵は,明らかに分化全能性をもっている。次の受精卵につながる生殖系列の細胞も,分化全能性を保持しているとみなされる。問題はそれ以外の体細胞の分化能力である。

植物においては,体細胞が分化しても,必ずしも分化全能性は失われない。これは,数々の細胞培養実験の結果から, 1960年代にはすでにかなりはっきりしていた。たとえば,ニンジンの細胞から不定胚を経て個体の全部を再生させた実験などは,植物体細胞が分化全能性を有することを端的に示している。分化全能性のより厳密な証明は,その後タバコ葉肉プロトプラストから植物体を再生することによってなされたが,これには本研究科生物科学専攻の長田教授が大きな貢献をしている。

動物の場合は,1個の体細胞から個体を再生する,というような荒技は基本的に不可能である。一般には,初期発生の間に個々の動物細胞の分化能力は次第に限定され,分化全能性は失われるとされている。これとの対比から,分化全能性はしばしば植物細胞の特徴として強調され,植物科学の固有のテーマのようにも扱われてきた。しかし近年では,動物細胞の分化全能性が維持もしくは喪失されるさいの分子機構が精力的に解析されており,分化全能性の研究はもはや植物分野の専売特許ではなくなっている。とくに再生医療を見据えた,胚性幹細胞の分化全能性(に近い多分化能)の研究は,社会的にも注目を集めている。

植物の分化全能性の研究も,この10数年の間に著しく進展した植物分子生物学の恩恵を受け,いま新しい段階に入っている。なかでも個体再生など,分化全能性が発現する過程の解析はやはり植物ならではであり,多くの新知見が期待される。

この方面の研究は,本研究科では,前述の長田教授,同じく生物科学専攻の福田教授,附属植物園の私(杉山)の研究室で行われている。また,本学新領域創成科学研究科には,全能性を冠した,その名も植物全能性制御システム解析学という研究室(馳澤教授)がある。