オレフィンメタセシス

山根 基(化学専攻 助手)

図:オレフィンメタセシス

2005年のノーベル化学賞は,「有機合成におけるメタセシス反応の開発」の研究業績を称えてY.ショーバン(Yves Chauvin),R. H.グラッブス(Robert H. Grubbs),R. R.シュロック(Richard R. Schrock)の3氏に授与された。メタセシスという聞き慣れない言葉の語源は,ギリシャ語のmetatithenaiに由来し,本来「位置を交換する」という意味をもつ。言語学では,「音位転換(転位)」と訳され,文字通り音の位置が逆転することをいう。子供がよく口にする「エベレーター」は,「エレベーター」のメタセシスである。化学でいう「メタセシス」は,2つの化学結合間で結合の組み替えが起こる反応のことをいう。N.カルデロン(Nissim Calderon)らが1967年に名づけた「オレフィンメタセシス」は,二種類のオレフィン間での炭素-炭素二重結合の組み替え反応である。

金属触媒存在下オレフィン間で二重結合のスクランブルが起こることは,1950年代半ばから報告されていた。1970年にJ.-L.エリソン(Jean-Louis Hrisson)とY.ショーバンがその反応機構を提唱し,1980年以降,R. R.シュロックらがタンタルやモリブデン錯体が高活性を示すことを明らかにした。1992年にR. H.グラッブスらは,空気中安定で取り扱いの容易なルテニウム錯体が高活性を示すことを見いだした。以来,いろいろな化合物に適用できるこの触媒反応は,他の方法では合成が難しい生理活性物質や機能性材料など有用化合物の合成に爆発的に利用されることとなり,今回のノーベル化学賞につながった。

ところで,「秋葉原」は昔「あきばはら」と呼ばれていたそうだ。旧国鉄が駅を造った際にその駅を「あきはばら」と名付けたことからこれが定着しているが,最近若者の間では「あきば」と略される。メタセシスが2回起こり音順が元に戻った例ともいえる。オレフィンメタセシスを理解する上で大事なことは,それが平衡反応であることである。反応が2回起これば原料系に戻る。望みの生成物を得るためには工夫が必要になるが,一方で,強固な二重結合を可逆的にたやすく組み替えられることがこの反応の大きな魅力にもなっている。

昨年末,仰天ニュースが飛び込んだ。「61万円で1株」のつもりが「1円で61万株」。2005年はまさにメタセシスの年であった。