対称性とその破れ

牧島 一夫(物理学専攻 教授)

「対称性」は,本研究科の21世紀COEプログラムの1つに標題として使われているように,物理学を貫く普遍的な考えである。宇宙空間に出てしまうと,地上とは違って上や下という特別な方向はない。これは「空間の回転に対し系が対称性をもつ」と表現され,その結果,力学でおなじみの角運動量の保存法則が現れる。同様に,考えている系が空間の並進に対して対称性をもつと運動量の保存則が成り立ち,時間の原点を変えても系の挙動が変わらなければ,エネルギー保存則が成り立つ。保存法則は,対称性の結果なのである。

人体はほぼ左右対称だが,心臓の位置や右利き左利きの違いなど,微妙な非対称をもつ。このように対称性が微妙に崩れていると,話はさらに面白くなり,これを物理学では「対称性の破れ」と呼ぶ。電荷を逆符号にして空間を反転すると,粒子は完ぺきに反粒子に変わるはずだが,相原教授らが追求しているように,ごくわずか差が残る。それが巡り巡って,この世には物質ばかり存在し,反粒子の集合である反物質は存在しないと考えられるが,その機構はまだ謎だらけである。早野教授らは,反粒子から成る原子を生成し注目を集めている。

鉄は770℃のキュリー温度より高温では常磁性だが,それ以下では強磁性となり磁石にくっつく。火山のマグマが冷えるとき,その時点での地磁気を記憶するので,この現象は古地磁気学の手段となる。このように強磁性体が磁化すると,外部磁場を0にしても磁化の方向を自ら保持する。しかし,基本となるシュレディンガー方程式は特定の方向をもたず,空間の回転に対して対称である。このようにミクロな基本方程式がある対称性をもつが,それに従う系が対称性を破っているとき,「対称性が自発的に破れている」と呼ぶ。

対称性の自発的な破れは,相転移と密接に関係しており,たとえば氷が解けるのは,並進対称性が自発的に破れた状態(氷)と,それの回復した状態(水)との転移である。対称性が自発的に破れると,それを回復しようとして系が揺らぎ,その量子として,フォノン,マグノンなど,質量ゼロの準粒子が登場する。これを一般的に述べたのが,本研究科OBである南部陽一郎先生らが1961年に発見した,南部・ゴールドストーンの定理である。

駒宮教授らが巨大加速器で追い求めているヒッグス粒子,素粒子論研究室の課題の1つである超対称性,統計物理学のグループが研究している協同現象,佐藤教授らが提唱しているインフレーション宇宙論なども,すべて「対称性とその破れ」という立場で位置づけられる。