ロマンを追いかけて-人類学的旅のススメ-
理学部紹介冊子
ロマンを追いかけて-人類学的旅のススメ-

研究棟の奥には植物園が広がっている

博物館の中でのクリスマスパーティの様子
人類学とはロマンの学問であると思う。人の役には立たなくても,ヒトの謎を解明するというロマンに魅せられて,人類学者は突き進んでいく。
私が研究している古代DNA解析という分野は,特にその傾向が強い。遺跡から発掘された骨や歯などの遺骸から,DNAを抽出して過去の人々の遺伝情報を読み解く。そこには様々な情報が眠っている。例えば,ネアンデルタール人と私たちホモ・サピエンスが混血していたことは,2010年に古代DNA分析によって明らかになり,人類学界に衝撃が走るほどの大きなニュースとなった。
修士課程で古代DNAのデータを解析していた私は,博士課程に進学する時に「古代の骨のタンパク質を網羅的に調べたらどうなるのだろう?」という疑問が湧いた。例えば発達段階で発現パターンが変化するタンパク質,あるいは胎児が持っているヘモグロビンなどが見つかれば,ある程度の年齢が推定できるかもしれない。論文を探してみると,まさにその研究を始めていたのがコペンハーゲン大学の地理遺伝学センター(Centre for Geogenetics) にいる研究者だった。幸い理学系研究科の「卓越した大学院拠点形成支援補助金」を頂くことができたので,冬のデンマークへと旅立ち,そこで解析手法を教わっていくつかの実験をした。
着いてすぐのカルチャーショックは,研究室のシステムの違いだった。最初に実験室の使い方について分厚いマニュアルが配られ,レクチャーを受けるまでは実験させてもらえない。更に実験室が用途ごとにそれぞれ離れた別の建物にあり,扉には全て鍵がかかっているので,ゲームの中のダンジョン(迷宮)に迷い込んだような気持ちになる。しばらく経って慣れてくると,実験だけでなくグループミーティングやセミナーにも参加した。新たな視点を得ることが多くとても刺激的だったが,同時に一番大変でもあった。1対1での話はできても,グループでの話し合いになると,とたんについていくのが難しくなる。集中力を総動員して聞き入り,毎回がリスニングテストのように真剣であった。
実際に町を見て人と触れ合うことで,人類学的な視野も広がった。北欧はノルマン人(ヴァイキング)の系譜が強く,世界で1,2位を争うほどの高身長である。ところがラップランド地方に住む先住民族のサーミ人の影響があってか,北の町に行くほど人々の身長が低くなっていく。「寒冷な地域に生息するものほど大型になる」というベルグマンの法則に反するこの現象も,町を歩きながら感じられて面白かった。
風習にもその土地の人々の気質が感じられる。デンマークのクリスマスパーティーにはヴァイキングのような豪快さが感じられて面白かったので,ここでご紹介したい。まず参加するのに必要なものは,300円程度のプレゼント。これを3つほど買っていき,会場の中にあるクリスマスツリーの下に置いておく。座る席はくじ引きで決まり,ヴァイキング形式で料理を皿に盛って行く。ここでの料理は伝統的なクリスマス料理で,特にリスアラマンという,刻んだアーモンドが入った甘いお粥に,サクランボのソースをかけたデザートが美味しかった。ひと通り食べ終わるとテーブルにサイコロが配られ,ゲームが始まる。順番にサイコロを振って行き,6の目が出たらプレゼントを1つ取りに行き,急いで戻ってきてまたサイコロを振る。全てのプレゼントが人の手に渡ってもまだ終わりではなく,今度は6の目が出たら他の人のプレゼントを奪っていく。そうしてサイコロを振り続け,人のものを奪い続け,終了の合図が鳴る時に持っていたプレゼントは自分のものとなる。仁義なき戦いが終わった後は,音楽に合わせて踊り,お酒を飲み,深夜まで騒がしいパーティーは続いていく。
郷に入れば郷に従った結果,約3ヶ月と短い間であったがそれなりに順応した。一番の効果はグループでのディスカッションで,誰かの言ったジョークに笑いながら話せるようになり,それはとても楽しく嬉しい瞬間であった。日本に留まっていたら生まれなかったであろう,興味・疑問も多く,「ヒトの謎」にますます魅了された旅であった。
PROFILE
澤藤 りかい(さわふじ りかい)
2011年 | 東京大学理学部生物学科 卒業 |
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2013年 | 東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻修士課程 修了 |
現在 | 同研究科博士課程在籍 |