第2回

臨海実験所

赤坂 甲治(附属臨海実験所 教授)

臨海実験所のウェブサイト

旧本館と臨海丸

寄宿舎

植田さんの賄

研究棟

相模湾と富士山

自然観察会の様子

三崎臨海実験所で採集された多様な動物種(左上から順に);オニヒメブンブク,イロミノウミウシ,アカダマクラゲ,ミドリシャミセンガイ,ヒトデ,ベニボヤ

生きている化石,ウミユリ

理学系研究科附属臨海実験所は,一般に「三崎臨海実験所」とよばれており,国内外の海洋生物研究者ばかりでなく地元の方々にも古くから親しまれている。実習,研究などの年間利用者は,延べ1万人を越える。生命の起源と進化を遺伝子レベルで解析できるようになった今,多様な生物種を採集できる臨海実験所の役割がさらに大きな意味を持つようになってきた。

沿革

本臨海実験所が面する相模湾は,世界的にも稀な豊かな生物相を有する。この地を動物学研究の拠点とするため,1886年(明治19年),三崎に臨海実験所が設立された。近代国家創成の困難な時期に基礎生物学の研究教育施設を世界に先駆けて設立したことに驚かされる。1897年(明治30年)に,より生物相の豊かな油壺に移転し,現在に至っている。1936年(昭和11年)に建設された旧本館は,長年研究教育の場として役割を果たしてきたが,1993年(平成5年)に新実験研究棟が竣工し,専任の教員・学生の研究・教育の場は新棟に移った。現在,旧本館は臨海実習,外来研究者の実験研究室の他,自然観察会など共同利用の場として活発に利用されている。

施設の概要と魅力

敷地面積は約69,000m2である。油壺のバス停を降り,観光ホテルとリゾートマンションの間を歩くと,程なく森の中に緑に映える白い寄宿舎が見えてくる。洋室10室,和室3室(定員35名),食堂,浴室等からなり,外来研究者と実習生が利用する。三崎臨海実験所の年間利用者が多いのは,生物相の豊かさばかりでなく,賄を長年担当している植田さんの細やかな愛情あふれる食事のおかげであることは間違いない。樹木のトンネルの向こうに研究棟があり,正面にはきらめく芝生が広がる。研究設備は遺伝子科学,発生・細胞生物学などの研究に必要な装置が,ほとんどすべて揃っており,外来の研究者や実習生も利用することができる。また,寄宿舎,研究棟,旧本館は光ファイバーで接続され,どこでもインターネットを利用することができる。

研究棟から海に向かって降りると,眼下には相模湾が広がる。さらに下ると,スクラッチタイル張りの鉄筋コンクリート建ての旧水族館と旧本館がどっしりと構えている。旧水族館は,1971年(昭和46年)まで39年間活躍したが,油壺マリンパークの開館に伴い役割を終え閉館した。現在は実験動物の飼育室として使われている。桟橋を降りると,水深1000メートルまでの生物を調査することができる臨海丸が停泊している。他に,2隻のエンジン搭載小型船があり,今年の夏には木造和船が再建されることになっている。

三崎臨海実験所の最大の特徴は,多様な生物種の供給である。生命の起源,多様性,進化の機構の解明は,実験室で扱うモデル生物だけでは成し遂げられない。三崎臨海実験所で採集可能な動物種は500種を越える。これらを同定し採集するには高度の専門知識と技術を要する。これを担当する3名の技術職員と,それを補佐する研究スタッフは,三崎臨海実験所が海産生物研究の拠点として活躍するためになくてはならない存在である。

研究・教育活動と社会的貢献

教員はそれぞれの専門分野の特性を生かしつつ,連携して発生生物学,細胞生物学,分子生物学,動物分類学など幅広い研究教育活動を行っている。一方,人類共通の興味の対象である生物の多様性と進化の研究の世界的拠点とするため,臨海実験所全体としてゲノムバンクの構築を開始した。ゲノムDNA,cDNA,液浸標本を体系的に保管し,標本写真,18SrRNAの配列情報と合わせてデータベースを構築するというものである。道のりは長いが,完成すれば貴重なバイオリソースとなると期待されている。

教育活動としては,理学部生物科学科動物学,理学系研究科生物科学専攻の実習を行うとともに,他大学の学生・院生を交えた(公開)特別実習,外国の研究者を招聘して英語で実習を行う国際臨海実習の他,市民向けの自然観察会を開いている。また,SPPとして,多くの高校の生徒,教員向けの教育を行っている。さらに,今年度から地域の中・高校に呼びかけ,生徒と学校の教員を主体とした生物相の定点観測を開始した。自然と生物の理解を深め,環境への意識を高めることを目的としている。また,隣接するマリーンパークと協同で市民と子供向けの自然観察会を開催することにしており,教育活動の幅を広げている。

研究施設としての利用

実験研究棟は専任の教員と学生の研究教育の場であるが,共同研究の場合は外来者にも解放されている。旧本館には12室のレンタルラボがある。また,短期利用の外来研究者も多く,旧本館を利用する研究者の実数が年間500名を越える。他に,東大理学部地学科の臨海実習のほか,他学部や全国の国公立私立大学の臨海実習,研究会などがあり,年間を通じて利用されている。特に,春から秋にかけては,ほとんど一杯の状況である。

課題と展望

20世紀の生命科学は実験室で扱うことができるモデル生物を用いて発展してきた。しかし,生命科学が成熟し,ゲノム解析が自在に行えるようになった今,再び生物多様性と進化に研究者の関心が移り,その拠点として臨海実験所が注目されるようになってきた。今後は,世界的拠点としてふさわしい陣容と研究設備を整える必要がある。また,環境保全が必要とされる今,その拠点としても重要性が増している。

これまでの日本の生命科学の研究は,目前の成果にとらわれてきた感がある。ここで,意外な事実を紹介したい。三崎臨海実験所と並ぶ歴史をもつ米国ウッズホール臨海実験所は,海洋生物の研究者ばかりでなく,医学も含めてあらゆる分野の生命科学の研究者や学生が利用しており,利用者と実験所スタッフの中から,ほとんど毎年のようにノーベル医学生理学賞受賞者を輩出している。遺伝のMorgan(1933),結核菌に有効なストレプトマイシンを発見したWaksman(1952),DNA二重らせんモデルを提唱したWatson(1962),神経伝達機構を解明したHodqkinとHuxley(1963),成長因子の発見者Cohen(1986),発生遺伝学を確立したNusslein-Volhard(1995),細胞周期を調節するサイクリンを発見したHunt(2001),ユビキチンを介したタンパク質分解機構を発見したHershkoとRose(2004)など,これまでの受賞者は52名にものぼる。これは,実用とは無関係に見える海の生物が,生命科学にブレイクスルーをもたらす大きなヒントを提供してくれることを意味しているといえる。東京大学理学系研究科のすべての方に,臨海実験所を訪れ,無垢な心で,海の生き物を眺めることをお薦めしたい。毎年のようにノーベル賞受賞者を輩出する三崎臨海実験所にしたいと切に願っているしだいである。

Infomation

アクセス方法

電車
品川(京急線快特・約70分)→ 三崎口駅より,京急バス「油壺行」で約15分 → 油壺 → 徒歩2〜3分で実験所正門(油壺マリンパークの手前,左側)
(三浦縦貫道路)林IC[左折]→(国道134号線)→ 引橋 →(県道)→ 油壺入口[右折]→ 油壺