高分解能核磁気共鳴装置の進歩と研究の現場
理学部紹介冊子
高分解能核磁気共鳴装置の進歩と研究の現場

試料を一様な磁場中に置き,ある周波数の電磁波を照射すると,特定の原子核との間で共鳴現象が起こる。これを核磁気共鳴 (Nuclear Magnetic Resonance(以下NMRと略す))と呼び,磁気モーメントを有する核種を測定することができる。分子を構成する原子では同じ核種でも化学結合の違いによって,それぞれの原子核の感じる磁場がppm (100万分の1)単位で異なる。この微小な磁場の差から分子構造に関する情報を得ることができる。測定対象となる代表的な核種は1H(プロトン)や13C(炭素13)であり,有機化合物,金属錯体,そしてナノ粒子の構造解析に広く用いられる。NMR装置の性能はテスラ (T) という磁場の強さを表す単位のかわりに,プロトン核の共鳴周波数であるメガヘルツ (MHz) で表記する。たとえば,磁場強度2.75Tの装置は100MHzの装置とよぶ。
NMRでは,試料に印加される磁場強度が高いほど装置の分解能と感度が向上する。そのため今では,NMR装置は400MHz(磁場強度:9.4T) 以上のプロトン核共鳴周波数をもつ高分解能超伝導磁石型装置で測定するのが一般的である。NMRでは測定中の磁場強度の変動を最低限に抑える必要がある。このため,電気抵抗ゼロで電流が減衰せず,磁場が変動しない超伝導磁石が利用される。超伝導磁石では,超伝導線材の接続箇所で発生する抵抗を抑えるため,通常の電磁石より高度な技術が活用されている。現在,もっとも分解能の高い装置は920MHz(磁場強度:21.6T) であり,これまで困難とされてきたタンパク質や生体高分子の構造解析において,強い威力を発揮しつつある。
写真は化学専攻の共通NMR装置として2014年5月に導入した超伝導磁石型NMR装置である。図のUltra Shieldは,500MHz(磁場強度:11.7T) の強力磁石でありながら外部への磁場漏れが殆どないことを意味する。この装置を使用すれば2~3mg程度の微量試料で十分な測定結果を得ることができる。装置に試料をセットすると自動で磁場補正と分解能調整をし,数分以内に測定が終了する。筆者が大学院生だった20年前では,60MHzや100MHzのNMR装置が学科共通装置であった。また,上級者用として使用していた270MHzのNMR装置は磁場漏れが著しく,不用意に装置に近づいて磁気カード情報が消失してしまったこともあった。使用に際し熟練した技術も必要で,満足のいく測定結果を得るのに30分程度かかることもあった。今では,検出感度,操作性,安全性が格段に向上し,またその性能を活かすような新しい測定手法も開発され,NMRの利用範囲は広くなった。
化学専攻無機化学研究室では,周期表の金属元素と非金属元素の境目に当たるケイ素を含む化合物群の合成と光物性を研究ターゲットの1つとしている。ケイ素は29Siの核スピンを有しているため,29SiNMRを分解能良く測定することにより,研究室で見出した新規合成反応のメカニズムや光機能ケイ素材料の構造を解明することができた。紙面の都合上,NMRの長所のすべてを説明できないが,化学研究の現場では高分解能NMR装置が強力な武器であることが伝えることができれば幸いである。