私たちの生き別れの生みの母:暗黒物質
理学部紹介冊子
私たちの生き別れの生みの母:暗黒物質


私たちはどこから来たのか。こんな素朴な問いは,実は宇宙の始まりに深くつながっている。柏キャンパスにあるカブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) では,観測・実験・理論というさまざまな手段と場所でこの謎を解き明かそうとしている。
私たちは100億年以上昔の星のかけらである。実は宇宙が始まった3分後には,水素とヘリウム以外の元素はなかった。いっぽう私たちの体は炭素,酸素,ナトリウム,カルシウム,リン,鉄などの元素がないと生きていかれない。こうした元素は星の中で作られたのだ。太陽を含め,光る星の中では小さな元素をくっつけ大きな元素をつくる,核融合という反応でエネルギーを生み出している。しかし星の中心でできた元素も,取り出すことができなければ役に立たない。
星はいずれ燃料を使い尽くし,死を迎える。太陽の場合は,約45億年後に中心がしゅうっと縮み,外側がブワッと膨らんで地球を呑み込んでしまう。しかしもっと重い星の場合は,中心が潰れる反動で外側が大爆発を起こし,近ければ昼間でも見えるとてつもなく明るい星,「超新星」になる。たとえば藤原定家の『明月記』に記録がある。宇宙の最初に水素とヘリウムだけでできた「一番星」は太陽の40倍から100倍も重く,爆発して元素を宇宙空間にばらまいた。それをかき集めて第二世代の星が生まれ,それも爆発して死を迎える。太陽は第三世代の星だと考えられており,その「くず」でできた地球には私たちに必要な元素がふんだんにあったのだ。
こうした「一番星」がどういう星だったのか,理学部と併任の吉田直紀教授がコンピュータを駆使して調べ,その観測的証拠をハワイにあるすばる望遠鏡やチリのアルマ電波望遠鏡で宇宙線研究所と併任の大内正己准教授が探索している。
次に疑問になるのは,どうやって最初の星ができたのか。学校では「万物は原子でできている」と習うが,これは大ウソであることが2003年はっきりした。もし宇宙の物質がすべて原子でできているとすると,ビッグバン後の熱い宇宙では光の圧力に邪魔されて,原子が集まって星をつくるのは無理だった。熱い光の圧力に逆らって原子を集めるには,光と反応しない「暗黒物質」の重力が必要だった。しかも暗黒物質は原子の5倍以上もあり,宇宙では原子はマイノリティーなのだ。
つまり暗黒物質は私たちの「生き別れの生みの母」であり,私たちの存在の鍵なのに,誰も「会った」ことがない。しかしその重力の効果が何十億光年先の銀河から来る光を曲げるいたずらをする。高田昌広教授やA.レオトー (Alexie Leauthaud) , S.モレ (Surhud More) 助教らはこのいたずらっ子がどこにどれだけいるのかを割り出している。筆者も含め,すばる望遠鏡を使って今後何億という銀河を観測し,今後5年間で見えないはずの暗黒物質の世界最大の地図を作ろうとしている。
光を出さない暗黒物質は恐らく小さな粒粒「素粒子」で,私たちの体を毎秒何千万個も突き抜けているが,私たちは気がつかないのだ。だとすると,周りの雑音に邪魔されない地下奥深くの静かな環境に高感度の装置を置けば,一年に数回は暗黒物質が「こつん」とぶつかる音が聞こえるかもしれない。岐阜県神岡鉱山の地下1000mのXMASS実験でKavli IPMUの鈴木洋一郎教授,カイ・マルテンス (Kai Martens) 准教授らが雑音と戦いながら,この瞬間を待っている。
また,柳田勉教授・松本重貴准教授・筆者らの理論家は黒板で議論しながら,暗黒物質の理論を編み出し,その実験・観測にかかる性質を予言している。その正体が解れば,暗黒物質が生まれたと考えられる,ビッグバン直後わずか10–10秒の宇宙の姿が見えて来る。そして初めて生き別れの生みの母に感謝できるのだ。
私たちはどこから来たのか。Kavli IPMUの研究はこんな人類何千年来の疑問に迫っている。