エアロゾル・雲航空機観測

エアロゾル・雲航空機観測

小池 真(地球惑星科学専攻 准教授)

図1

2009年と2013年の観測で使用した航空機。機内には世界最先端の測定機器がずらりと並ぶ。パイロット2名と研究者2名を乗せて,未知の現象の解明に挑む。

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好きな場所で,好きな時間(タイミング)に大気の観測ができる。この点において,航空機に測定器を搭載して実施する航空機観測は,とても有利な観測手段である。さらに言えば,気温や二酸化炭素濃度など,大気中の物理量や化学組成の高度分布を測定するのは,航空機観測を除くと容易ではない。地上や人工衛星からの電磁波を使った大気の遠隔観測(リモートセンシング)は,得られる情報が限られている。このため,天気予報に必要な気温の高度分布も,温度計を搭載した小型気球を世界各地で毎日上げることによって基本的に得られている。気球では限られたデータしか得られないが,その点,航空機は外気を機内に引き込んでハイテクの分析装置で測定するなど,その場の大気の詳細な情報を得ることができる。私たちはこのような航空機観測の特徴を生かして,大気中に浮遊する微粒子(エアロゾル)と,そのエアロゾルを核として生成する雲の測定を東シナ海や西太平洋で展開している。

しかし好きな場所・時間に実施できるがゆえに,その選択・決断という悩ましい点もある。航空機観測は毎日できるわけではなく,また同時に多地点でできるわけでもない。しかも期待通りの自然現象が必ずしもおこるとは限らない。限られた時間(予算!)の中で,的確に場所・高度・時刻を選ぶことは必ずしも容易ではない。最近では化学天気予報とよばれる,大気中の物質場の予測に基づいて航空機観測を実施している。これは天気予報と同様に,たとえばアジア大陸から輸送されてくる汚染大気の場所や濃度を予測し,その場所を目がけて観測機を飛ばすものである。観測の現場(理学の現場)ではそのような日々のモデル計算予測に基づき,フライト前日の午後3時くらいまでには具体的な飛行計画を決定し,航空局(各空港の管制官)や自衛隊との調整をする。当日の朝には最新のモデル予測や衛星雲画像を見て,観測場所や高度を微修正する。最終的には航空機搭乗中の研究者がリアルタイムでデータや窓の外の雲の様子を見て,その場でパイロットと相談しながら場所・高度を決定して測定を実施する。観測エリアでは, 1分単位で状況を判断しながら高度を変えたり,雲に突入したりもする。着陸後はすぐに(1時間程度以内に),取ったばかりのデータをざっと解析し,測定器の正常動作を確認するとともに,成果を整理しその後の計画に反映させていく。計画の立案から機上までの何段階かのこれらの判断において,頼りとするのは研究者としての直感である。そのようにして予想通りの,あるいは予想もしなかった面白い現象の観測に成功した時の充実感は大きい。やはり自然現象は美しいと感じる瞬間である。

エアロゾルは,化学組成や大きさに応じて太陽放射を散乱・吸収することにより,地球が受け取る放射量(放射収支)に影響を与え,気候変動を引き起こす要因となっている。またエアロゾルにより,雲粒の大きさや,水・氷の相に変化が起こるため,放射とともに降水過程にも影響する。アジアは世界的に見てもエアロゾル量が多いホットスポットであり,その場所で何がおきているのか,雲・降水過程にどのような影響を与えているのか,世界の研究者が注目している。エアロゾルは気体成分と異なり,大きさや化学組成などきわめて多様性に富んでおり,次々と新しい測定技術が開発されてきている。航空機観測はそのような世界最先端の測定器を搭載できるため,研究の進展速度が速いことも特徴である。われわれは同じ地球惑星科学専攻の近藤豊教授・茂木信宏特任助教や,東京大学先端科学技術研究センターの竹川暢之准教授,さらには国内外の研究者と連携を取りながら,世界最先端の測定器を駆使した観測を展開している。その結果は,間もなく公表される気候変動に関する政府間パネル (IPCC) の第5次報告書でも取り上げられる予定である。

残念ながら日本には大気・地球観測専用の航空機がない。このため観測のたびに民間の航空機を借り上げ,改造をほどこして使用している。アジアの大気環境の継続的な監視と,そこで起きているさまざまな現象の解明のために,そしてさらに若い人たちが新たなサイエンスを展開できるために,地球観測専用の航空機の導入と利用体制の確立が望まれる。