第2回 the は相手が知っていることを表す

トム・ガリー (Tom Gally)

the は、英語でもっとも頻繁に使われている単語だけあって、一つだけの意味があるわけではない。辞書で the の定義をわざわざ調べる人は少ないと思うが、引いてみたら十数以上の語義が載っているのだ。しかし、ここで検討したいのは the のさまざまな特殊な意味ではなく、もっとも基本的な意味、多くの辞書で第1語義として説明されている意味だけである。

the の基本意味は次のように説明できる。

【the は文脈、状況、既存知識などから相手がそれと分かる名詞に付ける単語である】

今回は、「文脈、状況、既存知識など」のそれぞれについて説明したい。

まず、「文脈」というのは、同じ文章や会話の中に出ている言葉や叙述だと考えればよい。例えば、科学論文の冒頭に次の文があったとしよう。

  • In this study, we examined a colony of bees.
  • (この研究では、ハチの群を調べた。)

これは論文の書き出しなので、読者はまだどのハチの群が調べられたか分からない。言い換えれば、ハチの群についての文脈がないのである。そのため、the colony of bees ではなく a colony of bees となっているのだ( a はふつう、読者や聞き手がどれか分からない単数名詞に付ける)。

そして、次のセンテンスで、 a は the になる。

  • The colony was on an island in Okinawa Prefecture, Japan.
  • (その群は、日本の沖縄県の島にあった。)

読者が前のセンテンスという文脈からどの群なのか分かるようになったから、 a colony ではなく the colony と書く(ただ、沖縄県のどの島なのか、読者にはまだ分からないから an island となっている)。例外もあるが、この「一回目は a、二回目以降は the」は the の基本的なルールの一つだ。

文脈の他、どういうものが指されているかは「状況」で分かることもある。その場合も the を使う。「状況」にはいろいろあるが、科学論文の場合は図、表、写真などは「状況」の重要な部分と言える。

Fig. 1 Three shapes.

Fig. 2 Three circles.

Fig. 3 Three shapes.

例えば、人間がどのように丸や四角という形を知覚するかについての論文には、次のような文と図が考えられる。

  • In this study, we first examined the circle shown in Fig. 1.
  • (この研究では、まず図1で示す丸を調べた。)

circle という単語はこの論文で初めて出ているかも知れない。それにも関わらず、 the circle となっているのはなぜだろう。それは、図1には一つの丸しかなく、読者はどの丸が指されているか分かるからだ。

図2の場合は、どうなるだろう。

もし、

  • Next, we examined the circle shown in Fig. 2.

と書いたら、読者は混乱するだろう。なぜなら、図2には三つの丸が見えて、どの丸が指されているか分からないからだ。ここでは、circleが単数であることは重要な意味を持っている。しかし、

  • Next, we examined the circles shown in Fig. 2.

と書けば、図2の三つの丸すべてが指されていると分かるから、混乱は起こらない。

その時その時の文脈や状況の他、読者や聞き手が以前から持っている知識も冠詞の使用に影響する。例えば、次のように circle の代わりにもっと珍しい言葉を使ったらどうなるだろう。

  • Finally, we examined the rhombus shown in Fig. 3.

rhombus は「ひし形」の意味だが、この単語を知らない人は少なくないと思う。論文の対象読者は rhombus のような専門用語を知っている人ならそのままで構わないが、もっと一般的な読者が対象だったら、 Finally, we examined the rhombus shown in Fig. 3. (The rhombus is the shape with four sides of equal lengths.) など、 rhombus の意味を説明しなければならない。

以上のように、 the は「相手が文脈や状況、または既存知識で分かること」を表すことが多い。「相手が常識で分かること」を表す場合もあるが、それは次回から説明したい。