人との出会いは一生の宝物
理学部紹介冊子
人との出会いは一生の宝物

筆者と同部屋の友人たち

前列右から3番目が著者,その左(前列中央)がPortegies Zwart教授,左後の写真は,ライデン大学の著名な天文学者であり1987年に京都賞を受賞した,故ヤン・オールト (Jan Oort) 博士
私は学位取得後からこれまでの間,オランダ・ライデン大学 (Leiden University) のシモン・ポルテギースズワート (Simon Portegies Zwart) 教授のグループで過ごしてきた。私の研究は,スーパーコンピュータを用いて,数万から時に10億の星1つ1つの運動を計算し,星団や銀河といった星の集団の時間進化を調べる理論的な研究である。つまり,私は星を見ない天文学者である。
大学院に入るまで,私は自分が海外で生活することになるとは思っていなかった。しかし,大学院生になり,研究は世界を舞台に行われていることを肌で感じ,卒業後は海外へと強く思うようになった。ライデンでお世話になったシモン(オランダでは教授もファーストネームで呼ぶ)とは,初めて行った海外の研究会で出会った。当時の私の研究は彼の過去の研究を発展させたもので,私はつたない英語で一生懸命自分の研究の説明をした。シモンは私の指導教員であった元東京大学大学院天文学専攻牧野淳一郎先生注1の友人ということもあり,私の研究に興味をもってくれ,私は大学院修了後オランダへ渡った。
オランダでは,ほとんどの人が英語を話すため,オランダ語が話せなくても生活ができてしまう。ライデン大学も非常にインターナショナルで,天文学専攻の博士課程の学生の約半分,ポスドクのほとんどが外国人である。しかし,それにはもうひとつ理由がある。オランダの天文分野では,オランダ人が学位取得後すぐに国内でポスドクの職を得るのは難しい。これは,若い研究者を国外へ出して育てようというオランダの作戦である。そのため,ポスドクは皆外国人になる。そのような環境なので,ライデンではさまざまな国籍の友人ができた。コーヒータイムには映画の話から政治の話まで,その端々にお国柄を感じ,休日のホームパーティーでは各国の料理が並んだ。しかし,皆,学生やポスドク。多くがライデンを去って行き,アカデミアを去った人も多い。
オランダに渡って感じた,海外(欧州)で研究をするメリットは,他国が近い点である。欧州内なら他国の大学に簡単にセミナーに行ける。そこから噂が伝わり,他のセミナーに呼ばれることもあった。そういうセミナーから始まった共同研究もある。逆に,ライデンにも次々とゲストがやってくる。自分の分野に近い人が来た時は,気軽にゲストオフィスを訪ねて自分の研究を紹介し,議論できる。その点,日本は地理的にアメリカからも欧州からも遠いため,どうしても国内で閉じがちになってしまう。
オランダ生活にも慣れてきた2011年3月,東日本大震災が発生した。それをきっかけに,私は同じ研究グループ以外の日本人と出会うこととなった。ライデンには,2カ月に一度,日本人研究者による研究発表セミナーがある。そこで出会った人達は皆,研究内容だけでなく,そこから垣間見える研究者としてのあり方も,そして人間的にも,とても個性的で魅力ある人ばかりだった。日本にいたら,異なる分野の研究者と知り合うことは滅多にない。このような出会いは,思いがけない海外留学のメリットだった。
私は今,3年間のオランダ生活と,博士課程の終わりに結婚した夫との別居生活を終え,国立天文台で研究をしている。自分の研究を進めるという点で見れば,日本の研究環境は悪くない。しかし,自分の人生をより豊かにするという意味で,私は海外に行って,日本では得られなかったものが得られたと思う。
PROFILE
藤井 通子(ふじい みちこ)
2010年 | 東京大学大学院理学研究科天文学専攻博士課程修了 博士(理学) |
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2010年 | 日本学術振興会 特別研究員 |
2012年 | 日本学術振興会 海外特別研究員 |
2013年 | 国立天文台 理論研究部 特任助教(国立天文台フェロー) |
- 注1:
- 現・東京工業大学大学院教授