理学部紹介冊子
地球惑星科学専攻
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オゾンホール測定のための南極氷床における気球観測

図1:マイクロスケールプロファイラーを用いた深海乱流の観測

図2:Y81020隕石とそれを構成する丸いコンドリュール。形成年代は,太陽系最古の固体物質が形成後,約120万年から300万年にわたる。

図3:オーロラ観測実験用ロケット。2004年12月にノルウェーのアンドーヤ実験場から打ち上げられた観測ロケットS-310-35号機。JAXA提供。

図4:ヒマラヤ隆起にともなう偏西風蛇行とその繰り返しによる地球気候変動研究のためのチベット高原調査。
地球惑星科学専攻では,地球・惑星をキーワードに幅広い分野について研究が行われている。この分野における国内最大の中枢的研究・教育機関として,最先端の研究を進めていると同時に,多くの研究者・高い専門性をもった社会人を育成・輩出している。ここでは,地球惑星科学という学問と,この専攻の研究・教育の概要を紹介する。
地球惑星科学専攻のあらまし
地球惑星科学という学問について
地球惑星科学は,理学系の中で独特な性格をもっている。地球や惑星は,大気循環やマントル対流などの物理的過程,地表の風化過程やマグマによる地殻の形成といった化学的過程,光合成生物による炭素固定や酸素放出などの生物学的過程が複雑に相互作用し,時間とともに進化してゆくものである。さらに,惑星系形成や太陽活動などの研究は天文学との重なりが大きい。この結果,理学系における他の学問分野すべてと関わりつつ,それらを基盤として研究がなりたっているという意味において独特なのである。この特殊性はまた,地球惑星科学という学問のおもしろさそのものであり,必要となる学問の基礎の広さを同時に意味している。また,対象とする現象は人間生活や災害に直接結びついており,研究成果に対する関心は高く,社会的に直接貢献できることも多い。
地球惑星科学専攻について
地球惑星科学専攻は,2000年4月,地球物理,地質,鉱物,地理という4つの専攻を統合して発足した。6年が経過したばかりのフレッシュな専攻である。いっぽうで,地質学科は1876(明治10)年,東京大学創立時に理学部を構成する8学科の一つとして設置されたものであり,また,地球惑星物理学科の前身の地震学科は関東大震災の直後1923(大正12)年に作られたという,長い歴史をもあわせもつ専攻でもある。学部組織は2学科 — 地球惑星物理学科と地球惑星環境学科とからなっており,そのうちの後者は(旧)地学科から2006年春に改組されたばかりのあたらしい学科である。
専攻の中心は本郷に拠点をおき,基礎的な研究を進めている。研究内容の幅広さを反映して,約半数の大学院生は地震研究所,海洋研究所,気候システム研究センター,物性研究所,先端科学技術研究センター,地殻化学研究施設,JAXA宇宙科学研究本部など外部の研究所に属し,地震,大気,海洋,気象などの観測,惑星探査衛星の開発に携り,災害予測などの直接的な社会的貢献を進めるなど,多面的な活躍をしている。
地球惑星専攻には5つの研究グループ(講座)がある。
大気海洋科学グループは文字通り,大気循環や海洋のさまざまな側面について研究している(図1)。なかでも大気と海洋との相互作用が気候におよぼす影響や,金星大気循環などの研究に特徴がある。世界最大級のスーパーコンピュータ,地球シミュレータを駆使した数値シミュレーション,南極での気球を使ったオゾン層調査などで成果をあげている。
宇宙惑星科学グループは超高層大気より外を守備範囲としており,オーロラや地球磁気圏などごく近場の宇宙から,惑星・彗星・太陽・隕石(図2)などのわが太陽系,はては超新星残骸・パルサー磁気圏など広大な範囲をカバーしている。JAXA宇宙科学研究本部との強い連携のもとロケット実験(図3)や惑星探査機器開発などに参加しており,まさに宇宙科学の最先端に携わっている。
地球惑星システム科学グループは,太陽系や地球における様々な変動や進化がどのような物理・化学・生物過程の相互作用によりおきているのかを探求している。従来の学問分類ではカバーすることのできない包括的な理解を目指している。いうなれば,地球惑星科学専攻におけるすべての研究分野をつなぐ扇の要の役割である。
固体地球科学グループは,地震火山活動・地殻変動・地球磁場変動などについて,大は地球規模の地震波やコア対流のシミュレーションから,小は岩石の物質科学的実験まで幅広く研究している。地球深部探査船「ちきゅう」号により,海底を世界で最も深く掘るプロジェクトにも参加する。
地球生命圏科学グループは,おもに生物が生息する地球表層付近の研究を中心として行っている。化石・現生生物・バクテリアなどを調べることで生物と地球環境とのかかわりあいを探求している。潜水艇による海底微生物やメタンハイドレードの調査で成果をあげている。このように切り口はさまざまであるが,いずれの研究も,わたしたちの住む地球という舞台について,ダイナミックに(掘り,潜り,翔び,歩き:図4),幅広く(大地深く,海へ,空へ,宇宙へ),さまざまな視点から(物理・化学・生物そして地学的に)探求している。
地球惑星物理学科・地球惑星環境学科での学部教育
学部教育は地球惑星物理学科と地球惑星環境学科という二つの学科があり,互いが相補的な役割を果たしている。両学科は独自のカリキュラムを持っているが,いずれの学科にとっても基礎となるいくつかの科目については共通科目としている。
地球惑星物理学科は,地球や惑星におこる現象を物理学で理解するため,古典物理学の基礎,地球や惑星における現象に固有の物理学を学ぶ。古典物理の学習は物理学科と共通の授業である。全国の地球(惑星)物理学科でもこれほどしっかり物理学を学ぶことのできる学科は他にはないといわれるほどである。さらに,地球や惑星でおこる大規模な現象はシミュレーションによる研究が威力を発揮するため,計算機教育には大きなウェイトがおかれている。卒業研究に相当する4年生での特別研究・演習では,夏・冬学期それぞれでテーマを選択し,教員指導のもとで少数グループによる研究を行っている。テーマは夏・冬別々なものでかまわず,たとえば,夏に大気海洋シミュレーションの輪読・演習を行い,冬は流星電波観測を行うなどという選択をすることも可能である。
地球惑星環境学科は,物質科学,化学,生物学を基礎とし,特に実証的に地球や惑星の環境の実態やその変遷の証拠を得ることに力を注いでいる。そのため,野外における実習に特別の力を入れている。地質・地形観察,水質や気象などの観測,断層や火山調査,化石調査など,多様な内容を,それぞれの目的に応じたもっともふさわしい場所へと出かけることが多い。今年度のハイライトはオーストラリア東部における巡検で,約2億5千万年前オーストラリア大陸が南極大陸とつながって河川が発達,その結果,地球上の生物の進化が促進された証拠や,氷河堆積物など地球環境の変遷の記録をたどりに行く予定である。さらに,採取した試料を室内で調べ,地球環境についての情報をどのように抽出するかについての実習にも大きな力が注がれるのが特徴である。
大学院の教育および修了後の進路
修士課程は,定員109名と国内随一の規模をもち,地球惑星物理学科・地球惑星環境学科(地学科)からの進学者(学部生の約90%が進学)のほか,国内の地球惑星科学関連学科,物理学科,化学科,天文学科,工学部ほか広い分野からの出身者が大学院生として所属している。多様なバックグラウンドと研究内容とに対応可能なように,各人に応じた編成を可能とするカリキュラム体系をもっている。関連研究所に所属する院生のため,研究所における講義も多い。修士課程修了者の約半数は博士課程に進学し,約半数が就職する。修士課程修了後の就職先はさまざまであり,学んだことを直接社会に生かしてゆくケースも,あるいはより広い社会へと旅立つケースもある。さらに,公務員試験により,産業総合研究所,気象庁,国土地理院などの研究機関において研究を発展させることも相当数にのぼっている。
最新のトピックから
地球惑星科学専攻において進められている研究は非常に多岐にわたっており,そのすべてを紹介することはむずかしい。そこで,以下に最近のトピックから4つの話題を紹介する。
生命の存在できる惑星は?(阿部 豊)

図5:現在の太陽系における habitable zone。大量(緑)および少量(青)の水蒸気を含む大気をもつ惑星が存在可能な軌道

図6:地球環境変動(氷床の大崩壊-ピンク)と生物の応答(バイオマーカの変化-グラフ)

図7:地磁気コアの表面電流の不規則な分布。地球シミュレータによる計算結果より

図8:アルゼンチン,フエゴ島東部,Leticiaの海岸の地層に見られる直立したIsselicrinusの茎
近年惑星系をもつ恒星の発見が続いている。まだ太陽系以外の地球型惑星は見いだされていないが,その中にどれほど生物の存在できる環境(ハビタブル・プラネット)があるのだろうか?阿部らは,生命の存在できる環境をもつ惑星の存在の普遍性について研究を進めている。地球的な生物であれば必ず液体の水を必要とするから,液体の水が存在できる環境をハビタブル・プラネットの指標として考えて,液体の水が存在できる軌道範囲をハビタブル・ゾーンと呼ぶ。従来,地球のようなH2Oが表面に多い惑星ほどハビタブル(生命存在可能)になりやすいと直感的に考えられてきた。ところが,阿部らの研究により,むしろ事態は逆であることが分かってきた。これはH2Oが実は環境を不安定化する性質を持っているためである。一つはアイスアルベド効果と呼ばれ,寒冷になって雪氷が惑星表面を覆い,惑星の反射率が上がり,吸収する太陽光が減少してさらに寒冷化が進み,全球凍結を起こりやすくするという効果である。もう一つは暴走温室効果と呼ばれ,水蒸気が大気中で増大すると,水蒸気自身の温室効果により温暖化,水の蒸発が促進されさらに温暖化してしまうという効果である。すなわち,全球凍結も,暴走温室もおこらないH2Oが存在するごく狭い領域(図3)こそが重要ということが明らかになった。
古気候学と海水準変動 (横山 祐典)
人類起源の温室効果ガスの放出による地球温暖化が進行中である。人類にとってこれは大きな環境変動であると考えられているけれども,じつは変動そのものは過去の地球に起こっていたことなのである。ここ10年の古気候学研究により,地球の気候が急激にかつ大規模に変動しうるということが明らかになってきた。グリーンランド氷床の中の酸素同位体により過去の気温を復元したところ,過去5万年間で何度も急激な変動が繰り返されてきたことが明らかになってきた(図6)。横山らは,日本で唯一,世界でも数えるほどしか存在しない,多数の核種を測定できる東京大学の加速器質量分析装置を用いた放射性核種の分析により,高精度の環境復元を行い,古気候について調べてきた。測定対象は,サンゴ,過去の海水の情報を記録している深海底堆積物,南極の岩石や氷などである。横山らの研究により,過去の急激な気候変動による氷床崩壊の影響が海洋システムにも伝播し,北半球あるいは地球規模の気候変動を引き起こしたことが明らかになった。これらの結果は気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書にも引用され政策提言にも役立てられている。
地球磁場の生成と変動 (桜庭 中)
地球は強い双極子磁場をもっている。「方位磁針のN極が北極の方向を向く」というのは常識であると考えられているが,数十万年の時間スケールでみるとこれは実は「常識」ではない。地質学的証拠から,地磁気は過去何十億年にもわたって比較的安定に存在していたことがわかっている。しかし詳しく見るとさまざまな時間スケールで変動しているのである。
もっとも顕著な変動は,地球双極子磁場の逆転で,最新の逆転は約78万年前に起こった。そのような逆転は,数万年から数十万年に一回の程度ではあるが,きわめて不規則に繰り返されている。これは地球中心部に位置する液体金属コアに流れる電流の変動を反映していると考えられている。桜庭らは,世界最高速クラスのスーパーコンピュータ,地球シミュレータを用い,液体金属の対流運動と,それによって生じる磁場増幅作用(ダイナモ作用)の大規模数値シミュレーションを行い,この現象の解明に挑んでいる。その結果をコア表面の電流の3次元分布(図7)として表すと,電流は南北方向に伸びたパッチ状の構造をしていることがわかった。このパッチ状構造は絶えず変動しているのであるけれども,長い目で平均すると定常的にふるまい,それが地球双極子磁場構造を決めている。ところがときどき,何かのきっかけで大きく変動して地球双極子磁場そのものの逆転につながると考えられている。
ウミユリの系統進化 (大路 樹生)
ウミユリは,5億年の昔から現在にいたるまで生息している棘皮動物である。5億年という長い時間生きているので,その系統進化を調べることは,古生物学の格好の材料となる。ウミユリは通常,流れの速い場所で,茎の末端付近で岩礁などにからみつき,腕をパラボラアンテナのように広げて懸濁物質を取っている。しかし泥場に進出したウミユリの一種Isselicrinusは体を支える岩礁が周囲にないため,特殊なリレー戦略(海底に残された自分自身の昔の茎)を使って体を固定していたらしいことが,大路らの天草におけるその化石の研究で明らかになった。アルゼンチン最南端のフエゴ島にIsselicrinus化石が産出することが報告され,大路らは現地まで出向いて調査した。その結果,大半の化石が直立に近い状態で産出することが確認された(図8)。しかも,地層の岩質が細粒になるほど,束を作ってみつかった。つまりIsselicrinusは流れが緩やかになるにつれ,リレー戦略を取っていたのである!生物の知恵とでもいうべきであろうか。このIsselicrinusは約5500万年前,全世界的に分布が広がった。この分布拡大は,リレー戦略という特殊な生態の獲得の結果かもしれない。不思議なことにIsselicrinusはこの後,中新世(約1500万年前)に西太平洋地域の産出を最後に絶滅してしまった。大路らは,この分布がどのように広がり,なぜ絶滅したのか,をこれから調べてゆくという。
地球惑星科学専攻のこれから
地球や惑星は,大気,海洋,固体地球,生命圏,太陽圏宇宙の相互作用により,複雑な進化をとげてきた。このような系は複雑系とよばれ,その発展は予測のむずかしいものである。しかし,さまざまな時間スケールにおける地球環境の将来予測は,ますますその重要さを増しており,われわれ地球惑星科学の研究者に課せられている期待は大きくなる一方である。太陽系の一惑星としての地球の進化と,とりわけその表層環境の変動の仕組みの理解と将来予測をめざし,多面的な研究を進めるつもりである。