理学部紹介冊子
《証言2》「はじまりの場所」

図6:平川浩正教授(当時)と旧1号館中庭に設置された重力波検出器 (1971年撮影)。背景に理学部旧1号館の外壁や特徴的な形の窓が見える。
私自身にとって理学部旧1号館は,現在も続けている重力波天文学を目指した研究生活の始まりの場所だった。レーザー干渉計を用いた精密な計測をする必要があり,地面振動などを嫌うことから,地下の実験室を割り当ててもらい,さらには静寂な夜中に実験をする日々を過ごした。昼過ぎに大学にやってきては,今回取り壊される建物部分にある少し幅の広い階段を地下に下り,明け方まで実験しては明るくなった頃に帰宅する,という,やや世間離れした生活であったが,旧1号館の威厳と温かみのある雰囲気の中にいたためか,もしくは若さのためかは不明ではあるが,とくに違和感なく過ごしていたことが思い出される。
それらは些末なこととして置いておいて,歴史的には,理学部旧1号館は国内の重力波検出実験の発祥の地でもある。米国のジョン・ウェーバー教授が1969年に発表した重力波研究結果を受け,当時の平川浩正教授は旧1号館中庭に製作した装置で重力波の検出を試みた(図6)。この研究が始まりとなり,そこで経験を積んだ研究者や,さらにその教え子達が研究を続け,現在建設が進められている大型重力波望遠鏡「かぐら」や海外プロジェクトの中心として活躍しているのである。重力波の初検出が目前に迫っている時に,その研究のはじまりとなった建物が取り壊されることは残念な事ではあるが,これは,昨年度退職された坪野公夫・名誉教授の言葉(理学部ニュース2013年3月号)を借りれば,新しい時代へ向けて「歯車がひとつ進むこと」なのであろう。