「事業仕分け」による負の影響を憂慮する

広報誌編集委員会

2009年11月から始まった,行政刷新会議による科学予算への「事業仕分け」の結果は,学術や人材育成の将来に,甚大な影響を与えかねない。これを憂慮し,各学会からの声明や,10大学理学部長会議からの緊急提案が発信されるとともに,ノーベル賞・フィールズ賞受賞者による緊急討論会(小柴ホール,11月25日),立花隆氏を招いての講演会(同,11月27日),濱田総長による全学説明会(11月27日),岩澤康裕名誉教授の呼びかけによる主要19学会の合同記者会見(12月4日)などが開かれ,また理学部学生有志によるアンケートや署名活動などが展開された。こうした行動の一環として,理学系研究科・理学部では,下記の声明を公表し,また学生・院生のご父兄に声明文を郵送申し上げ,広くご理解とご支援をお願いしている。こうした各方面の取り組みにより,「仕分け」による負の影響が最小限に留まることを,切望するものである。

次世代を担う若手研究者支援の充実を望む

東京大学 大学院理学系研究科・理学部

新政府の行政刷新会議による「事業仕分け」はそれ自体としては厳しい経済情勢の中で国家予算の無駄を省き、効率的に運用するためのプロセスとして画期的なものであると認識します。しかし、運営費交付金、科学研究費など我が国の基礎研究・教育の基盤を担って来た部分について、これを危うくする深刻な評決が多々なされました。なかでも、私たちは次世代を担う若手研究者育成に関する事業の仕分けに大きな危惧を抱いています。

第3ワーキンググループにおいて、科学技術振興調整費による若手研究者養成システム改革、科学研究費補助金による若手研究、特別研究員奨励費、特別研究員事業のすべてにおいて予算要求の縮減という評決が出されました。上記のいずれの制度も、若手研究者の研究費や教育費に充てられる経費であり、重複しているのではないかというコメントが見られます。しかし、特別研究員奨励費は研究費であり、特別研究員制度はいわば給費に対応するものですから、明らかに重複ではありません。

現在、特別研究員としての給付は平成20年度で博士課程在学者(DC) 4400人、学位を既に取得したポスドク(PD) 1052人(SPD,RPDを含めれば1168人)が受けています。この数値からも明らかなように、大学院生を主な対象としている制度ですが、これでも博士課程在学者の17人に1人程度の給付率に過ぎません。そこで、第3期科学技術基本計画ではこの割合を5人に1人程度まで引き上げる目標を掲げました。しかし、今回の評決は給付率を現状からさえも大幅に下げることを要求しています。

人材育成を支援するものとして日本学生支援機構の奨学金制度がありますが、修士・博士課程5年間の標準的な奨学金を受けた場合、総額は650万円に及び、返還免除の割合は全額免除者が全体の10%、半額免除者は20%ですから、博士課程修了者の多くが多額の負債を抱えて社会に旅立つことになっています。日本学生支援機構の奨学金制度において給付型を大幅に増やすなどの対策をとることなく、一方的に特別研究員事業を縮小するならば、保護者の家計負担を増大させることになるでしょう。我が国の未来を担う有為な学生の大学院進学意欲を大幅に減退させるのは明らかです。

統計データによればDCやPD経験者の常勤研究職に就く割合は90%と高く、優秀な若手が給付を受けてきたことを立証していますが、今回の評決は若手研究者登竜の狭き門をますます狭くする事を意味します。これでどうして科学技術立国が成り立つでしょうか? 学位取得者が研究教育職だけでなく、民間企業などの実社会にもどんどん展開してゆくのは重要なことです。これを推進すべきとしておいて、推進する事業計画そのものさえもポスドクの生活保護のようなシステムとして否定的な評決が出されたのも理解に苦しむところです。

上記のように第3ワーキンググループによる若手研究育成事業に関する評決は科学技術立国を担う若手研究者の育成を著しく損なうものです。既に大学院生の多くが今回の評決を知り、絶望しています。政府におかれては早急に若手研究者支援事業の縮減を再考されるよう要望します。