南部陽一郎博士の業績の宇宙論へのインパクト

横山 順一(ビッグバン宇宙国際研究センター 教授)

図

対称性の自発的破れを表すモデル。
Aは対称性(この場合回転対称性)を保っているが、不安定である。
Bは対称性の破れた状態。宇宙論への応用では、この立体はスカラー場のポテンシャルエネルギー、ぱちんこ玉の位置はスカラー場の値を表す。

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南部博士の受賞対象は「対称性の自発的破れ」の提案であるが,これは宇宙論にとっても,大きな意味をもっている。そのことを紹介したいと思う。

このアイディアを一目で理解するため,ワインの瓶の底を覗いてみよう。ワインは清酒ほど精製されていないので,注ぐときに澱が舞上がらないように,底の中心が盛り上がっている。瓶は円い筒型だから360度どの方向から見ても同じ形に見える。つまり,回転対称性をもっている。さて,ワインの空瓶にパチンコ玉を落としてみよう。もし図Aのように底の中心にぴたりと命中してそこに止まったとしたら,どの方向から見てもパチンコ玉は同じ場所に見える。しかし,実際には,底の中心は盛り上がっていて不安定なので,図Bのように端に落ちるはずである。こうしてパチンコ玉が瓶の隅に落ちた後,瓶の周りを回ってみると,パチンコ玉が右に見えたり,奥に見えたりすることになる。図Aではどこから見ても同じように見えるのに,図Bは違う。これが対称性(ここでは回転対称性)の破れた状態である。パチンコ玉を真ん中にそっと置こうと思っても勝手に滑り落ちてしまうので,対称性の自発的破れと言うのである。図Aの状態よりも図Bの状態の方がパチンコ玉の位置エネルギーが低く,より安定なので,ワインの瓶の中ではこのようなことが起こるのである。

今日の宇宙論の研究によると,宇宙の始まりには,図Aのようにパチンコ玉がワインの底の真ん中にあり,高いエネルギーをもっていたような状態がしばらく続いていたことが指摘されている。宇宙の膨張率はエネルギー密度の平方根に比例するので,このようにエネルギーの嵩上げされた状態が続くと,宇宙は急膨張し,加速的に大きくなる。この急膨張のお陰でわれわれが暮らすような一様・など等方な大きな宇宙ができた。これが本研究科物理学専攻・ビッグバン宇宙国際研究センターの佐藤勝彦教授らの提案したインフレーション宇宙論である。素粒子物理の場の量子論の言葉では,ここでいうパチンコ玉とは宇宙の各点で一様な値をもつスカラー場の値であり,ワインの瓶とはそのポテンシャルである(その数学的な形の一例は,本特集記事の柳田教授の記事を参照)。私たちの宇宙を作ったワインの瓶がどのような形をしていたのか,現在,観測と理論の両面から活発に研究が続けられている。