CP対称性の破れの起源の解明

相原 博昭(物理学専攻 教授)

図

小林・益川理論の正しさを証明した実験データ:KEKのBファクトリーを使って得られたB中間子と反B中間子の崩壊時間の分布で,対生成した相手粒子の崩壊時刻を時刻の原点にとっている。二つの分布の違いがCP対称性の破れを意味しており,違いの大きさが小林・益川理論に基づく予想と一致した。

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電子には陽電子,陽子には反陽子というように,すべての粒子には電気的性質が逆でそれ以外の性質がほとんど同一な「反粒子」が存在する。電気を帯びていないエネルギーから始まった原始宇宙には,粒子と反粒子が同数ずつあったはずである。しかし,誕生から約137億年たった現在の宇宙は,粒子だけからできており,反粒子でできた反宇宙は存在しない。宇宙の進化の過程で,反粒子は消滅したことになる。すべての物理法則が粒子と反粒子の入れ替え(CP変換)で不変(CP対称)であるならば,宇宙の進化を説明できない。つまり,CP対称性は破れていなければならない。

素粒子に働く4種の力のうちのひとつ「弱い力」がわずかにCP対称性を破ることは1964年発見されていた。弱い力は,粒子がより軽い複数の粒子に崩壊する原因となる力であり,宇宙の進化に不可欠な力である。なぜ,弱い力だけがCP対称性を破るのか謎であったが,1973年に小林誠と益川敏英は,陽子や中性子を構成する素粒子クォークは2種でひとつの世代をつくり,2種類×3世代=6種類のクォークが存在すればCP対称性が破れるとする理論を発表した。素粒子研究者のほとんどが,クォークは,実在の素粒子ではなく単なる数学的モデルで,しかも3種類あれば十分であると思っていた頃の話である。

その後,高エネルギー加速器を使った実験によって,クォークは実在し,しかも6種類あることが明らかになった。6種類目のクォークが発見されたのは1995年である。小林・益川理論のエッセンスは,3世代のクォークがあって初めてCP 対称性が破れるという点にあるから,第3世代に属するクォークからなる粒子B中間子を使って,予言どおりCP対称性が破れるかどうかを測れば検証できる。高エネルギー加速器研究機構(KEK)の実験グループは,B中間子ファクトリー加速器を使って2001年夏,小林・益川の予想が正しいことを示す実験結果を得ることに成功し,クォークのCP対称性の破れの起源の解明に終止符を打った(図)。現在,小林・益川理論は,南部の示したゲージ対称性の自発的破れのメカニズムときわめて整合性がとれた形で,素粒子理論の骨格をなしている。自然のもつ対称性には深淵な意味がある。が,対称性の破れには,さらに深淵で根源的な意味があるのである。