目で見る対称性の破れ

上田 正仁(物理学専攻 教授)

図

ボース・アインシュタイン凝縮体(BEC)における対称性の破れ。BECを構成する原子のスピンの方向が時間の経過とともにそろっていく様子を示している。色が各点での磁化の方向、濃淡がその強さを表しており、真っ白の状態から色が出現するというのが対称性の破れである。四角で拡大している部分が「スピン渦」で、渦の周りを一周すると、磁化の方位が360°変化しているために中心部分の磁化は方向が決まらない特異点となっている。(斎藤弘樹氏、川口由紀氏提供)

拡大画像

物理法則の中で,「原子やクォークなどの素粒子の性質がわかればすべての物理がわかる」という還元主義的な見方が通用しない(粒子数が減少すると消滅する)ものが2つある。それは,大数の法則に支配される統計力学の法則と,南部陽一郎博士のノーベル物理学賞の対象となった「自発的対称性の破れ」である。物理学には,エネルギーの保存則や運動量の保存則などさまざまな保存則が存在するが,それらが成り立つ背後には,時間や空間の原点をどこに選んでもよいという対称性が潜んでいる。このような時空の対称性のほかに,自然現象の時間発展を記述する基礎法則もさまざまな力学的対称性を有している。しかし,不思議なことに,対称な時空と対称な物理法則から生み出される自然現象はしばしばもとの対称性を自発的に破る。たとえば磁石では,それを構成する原子のスピンの方向がそろい,磁化が空間のあるひとつの方向を向いて空間の等方性を破る。液体が固体になると,原子は空間の並進対称性を破り,離散的な格子点上に周期的に並ぶ。

南部博士は,このように自然界でしばしば見られる対称性の破れが,場の理論の真空(基底状態)というもっとも基本的なレベルで起こっている,という大胆なアイデアを提唱した。この考え方は,超伝導や超流動現象を理解する上でも本質的である。ここでは破れている対称性が,「いろいろな場所でのマクロな量子系の位相(ゲージ)がそろう」という抽象的な概念であるため,直感的な理解を困難なものにしてきた。マクロな量子系の波動関数の位相は通常は,位置や時刻によりばらばらでゲージ対称性が保たれている。しかし,ひとたびボース・アインシュタイン凝縮(BEC)が起こると,巨大な数の粒子が位相を共有し,異なった点間の相対的な位相差が決まり(これをゲージ対称性が破れるという),超電導現象のようなマクロに「見える」量子現象が出現する。

1995年に原子気体のBECが実現されたことにより,マクロな量子状態間の相転移を自在に制御できるようになり,その結果,この現象を視覚的にとらえることが可能になった。図は,ある基底状態から別な基底状態へとBECが相転移するダイナミックスのシュミレーションを図示したものである。位相がランダムな対称な初期状態が自発的に対称性を破り,その結果,量子化された渦が発生していることがわかる。この現象は,実験でも観測されており,無の状態からビックバンによって生じたとされる宇宙の構造形成(この特集の横山教授の記事を参照)との類似性も指摘されている。