超伝導のBCS理論と南部理論のつながり

青木 秀夫(物理学専攻 教授)

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南部先生の論文集「対称性の破れ」の表紙

「対称性の自発的破れ」- 何という基本的かつ美しい概念だろうか。これがまさに南部先生の素粒子論におけるノーベル賞受賞理由である。これほど簡にして要を得た受賞理由は珍しいのではないだろうか。対称性の自発的破れという概念それ自身は,昔から知られており,典型的には,強磁性体に対して,ハイゼンベルク(W. K. Heisenberg)がスピン回転対称性の自発的破れを1920年代に論じた。これに対し,超伝導が20世紀初頭に発見されて以来,その機構は約半世紀にわたる謎だったが,1957年にバーディーン(J. Bardeen)らによるBCS理論が出て,電子2個のペアのボース凝縮という描像を与えた。ここで自発的に破れているのは,ボース凝縮体を記述する波動関数の,位相の任意性(ゲージ対称性;上田教授の記事を参照)である。これに伴い,BCS基底状態からの励起は質量(エネルギー・ギャップ)をもつことになる。南部理論の偉大なところは,このようなゲージ対称性破れの描像が,一般のゲージ場理論としての素粒子論に適用できる,というアイディア(Swedish Academyの言葉では,bold assumption)を,BCSの数年後にして構築したことといえる。基底状態は素粒子理論では「真空」に対応するので,「真空が超伝導状態なら素粒子が質量をもつ」と表現される。いわば,ゲージ対称性破れが,ローカル・スタンダード(超伝導)からグローバル・スタンダード(場の理論)になった。

もちろん,エネルギー・ギャップが粒子の質量という対応は同じとしても,素粒子論に適用する際には,さまざまに違いがある。当時はクォーク理論が登場する以前なので,ゲージではない対称性の破れが考えられた。対称性の破れた状態をもたらす粒子間相互作用は, BCS理論ではフォノンというボソンが媒介するのに対し,核子間の相互作用は,湯川理論によるパイ中間子が媒介するが,南部理論は,対称性の破れという視点からの新たな分野を発展させたことになる。その後,素粒子のワインバーグ・サラム理論(柳田教授の記事では「電弱統一理論」)が出たが,これも超伝導をモデルにしている部分がある。さらに,対称性の破れた状態からの励起には,南部・ゴールドストーンにより見出された定理が成り立つ(理学のキーワード第1回を参照)。超伝導体は完全反磁性という特殊な性質をもっているが,これは電子の凝縮体が,アンダーソン(P. W. Anderson)・ヒッグス(P. W. Higgs)が考えた「粒子に質量を与える場」の役を果たして,光子が質量を獲得した(理学のキーワード第6回を参照),と見ることもでき,いろいろ現代的な問題と直結する(詳細は,ノーベル財団ホームページや,図に掲げる本を参照)。

ひとつ思い出されるのは,南部先生ご自身が「科学」という雑誌(1990)で,何か新しい物理現象解明にあたって物理学者の思考形態は3つに分類できると言われていることである:すなわち「湯川モード」(原理を変えるのではなくて,たとえば新粒子導入を検討),「アインシュタイン・モード」(原理を変えるべきかどうかを検討),「ディラック・モード」(可能な原理の中で美しい理論を選択)。南部理論はいわばディラック・モードが自然に適用されたといえないだろうか。今後この流れに添ったさらなる発展が期待される。