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Press Releases

DATE2023.03.09 #Press Releases

微小管核形成因子CAMSAP3による微小管安定化機構の解明

――CAMSAP3はどのようにして微小管を脱重合から守るのか――

 

劉 涵今(生物科学専攻 博士課程)

島 知弘(生物科学専攻 助教)

 

発表のポイント

  • 微小管結合タンパク質CAMSAP3にある領域「D2」が微小管を安定化する分子機構を、蛍光顕微鏡観察と画像解析により明らかにしました。
  • D2の結合により、微小管が通常よりも安定な「膨張型」構造に変化することを発見し、CAMSAP3による微小管安定化モデルを提案しました。
  • このモデルは、細胞内の微小管ネットワークが形成される仕組みを理解するうえで非常に有用です。


微小管安定化の分子機構モデル


 

発表概要

東京大学大学院理学系研究科の島知弘助教のグループは、蛍光顕微鏡(注1)観察により、微小管結合タンパク質であるCAMSAP3 内の137残基からなる短い領域「D2」が微小管を安定化する機構を解明しました。

ヒトを含む真核生物(注2)の細胞内には、微小管という細い管状の構造体がネットワーク状に張り巡らされており、さまざまな結合タンパク質から制御を受けながら臨機応変にその長さや分布を変えています。細胞の形状維持や細胞分裂といった生存に欠かせない各種の生命現象において、微小管が適切な長さ・分布で存在することが主要な原動力となっています。CAMSAP3という微小管結合タンパク質は、微小管が「壊れない」ように安定化することが知られていましたが、その安定化機構はいまだに明らかになっていませんでした。

本研究では、CAMSAP3のD2領域に着目し、蛍光顕微鏡観察を行うことで、微小管が通常とは異なる膨張型という構造へと変化すると、D2の微小管結合を促進することを発見しました。さらに、D2の結合自体が、微小管の構造を膨張型へ変化させることを、画像解析から明らかにしました。実際に、D2によって膨張型に変化した微小管は、通常の微小管よりも安定であることも分かりました。これらの結果を総合し、CAMSAP3が微小管を膨張型に構造変化させ、構造変化後の微小管にはさらにCAMSAP3が結合しやすくなる、というポジティブフィードバックが微小管の安定化をうながすモデルを提案しました。この成果は、真核細胞内で適切な微小管ネットワークが形成される仕組みを理解するうえで重要な知見になります。

 

発表内容

真核生物の細胞には、チューブリンというタンパク質が円筒状に重合(注3)した構造体、微小管が存在します(図1左)。微小管は細胞内にネットワーク状に張り巡らされており、細胞の形状維持や細胞分裂時の染色体分配といった多種多様かつ重要な役割を担っています。微小管ネットワークが細胞内で正しい場所・方向で分布するには、微小管が適切に形成された後、脱重合(注3)することがないよう安定化される ことが不可欠です。近年発見されたCAMSAP3は、①微小管の末端の一方であるマイナス端に特異的に結合すること、また、②結合したマイナス端を脱重合から守ることが分かっており、微小管ネットワークの形成・維持の重要因子であることが明らかになりました。「①マイナス端への特異的な結合」に関しては、CAMSAP3のC末端に存在するCKKドメインと呼ばれる領域によるマイナス端認識の分子機構がすでに明らかになっています。しかし、CAMSAP3の重要な役割である「②マイナス端安定化」の仕組みについては、CKKドメインの隣に存在するD2領域が関与しているということしか明らかではありませんでした。本研究ではこのD2領域に着目して、CAMSAP3によって微小管が安定化される仕組みの解明を目指しました。

微小管はチューブリンタンパク質が周期的に並んだ構造体ですが、このチューブリンの並ぶ間隔(=周期長)が通常の微小管よりも1-3%長い「膨張型」構造が存在することが近年明らかになりました。また膨張型微小管は通常の微小管より安定であることが知られています。本研究では3通りの異なる膨張型微小管を作製し、D2の結合を蛍光観察から定量することによって、どの場合においてもD2が膨張型微小管に高い親和性を有することを示しました。また、膨張型の周期長が長くなるほどD2が多く結合することも確認されました(図1)。


図1:微小管の構造とD2の結合の関係性
微小管内のチューブリン同士の間隔が伸びる(膨張する)ほど、D2の微小管への親和性は上昇する。右図において、微小管の膨張率が上がるほどD2の蛍光強度が増大、すなわちD2の結合量が上昇していることがわかる。

 

続いて、D2が膨張型微小管に高い親和性を示すだけでなく、D2の結合が微小管の膨張型への構造変化を引き起こす可能性について検証しました。本研究では、蛍光画像から微小管の長さを数十nm程度の精度で測定可能な画像解析手法を実装し、実際の蛍光顕微鏡画像に適用することで、D2の結合がチューブリン周期長を約3.2%伸ばすことを発見しました(図2)。また、このD2によって構造変化を受けた微小管は、D2を洗い流すとすぐに元の構造に戻ることも分かりました。


図2:D2の結合・解離に伴う微小管長の伸び縮み
D2を洗い流すと元の長さに縮むことが分かった(右図)。グラフの折れ線は各微小管の膨張率の変化であり、ダイヤモンド印とエラーバーは①~③の各段階、および3回行った各実験での膨張率の平均・標準偏差である。

 

さらに、これまでの研究から、膨張型構造を取る微小管は安定であることが報告されてきたので、D2による膨張型微小管も脱重合が抑制されているか調べました。すると、D2によって膨張型へと変化した微小管は、脱重合速度が通常の微小管の約1/20に低下しており、D2による構造変化が微小管安定化の中心的な分子機構であると示唆されました。  

本研究は、CAMSAP3のD2領域が膨張型微小管に高い親和性を示すこと、またD2の結合自体が膨張型遷移を引き起こして微小管を安定化することを明らかにしました。これら結果をふまえると、CKKドメインによるマイナス端認識→D2によるマイナス端特異的な膨張型遷移→その微小管領域でのCAMSAPのさらなる親和性上昇、というポジティブフィードバックモデルが立てられます(図3)。


図3:CAMSAP3によるマイナス端特異的な安定化機構モデル

 

CAMSAP3は細胞内での正常な微小管ネットワーク形成に不可欠な因子です。本研究では、この微小管ネットワークの形成・維持に重要なステップである微小管安定化における、CAMSAP3と微小管との間の相互作用機構を明らかにしました。この成果は、真核生物の生存に必須な微小管の長さを適切に制御するシステムを明らかにしていくうえで非常に有用です。

 

論文情報

雑誌名 Life Science Alliance
論文タイトル Preference of CAMSAP3 for expanded microtubule lattice contributes to stabilization of the minus end
著者 Hanjin Liu, Tomohiro Shima*
DOI番号

10.26508/lsa.202201714

 

研究助成

本研究は、科研費「新学術領域研究(課題番号:18K06147, 19H05379, 21H00387)」の支援により実施されました。

 

用語解説

注1  蛍光顕微鏡

蛍光色素や蛍光タンパク質という物質は、特定の色の光で照射すると別の色の光(蛍光)を発する性質があります。観察したいサンプルにのみ、これらの蛍光色素または蛍光タンパク質を結合させることで、通常目では見えないほど小さなサンプルでも、光らせて見ることが可能になります。蛍光顕微鏡は、このように蛍光によって見えるサンプルの位置や分布を細かく計測できる顕微鏡です。

注2  真核生物

遺伝情報をもつDNAが核とよばれる膜につつまれている細胞が「真核細胞」で、真核細胞でできている生物は「真核生物」と呼ばれます。細菌は含まれませんが、真菌(カビ・キノコ・酵母など)や動物・植物は「真核生物」です。

注3  重合・脱重合

チューブリンが構成単位となって微小管が形成されます。このとき、チューブリンが微小管の末端に結合して微小管が長くなることを「重合」、逆に末端からチューブリンが離れて微小管が短くなることを「脱重合」と言います。