2021/10/07

青色センサー遺伝子の制御メカニズム

〜脊椎動物の色覚の起源に迫る〜

 

小川 洋平(研究当時:生物科学専攻 特任研究員/ 現:Washington University School of Medicine,PD)

白木 知也(研究当時:生物科学専攻 特任助教/ 現:国立遺伝学研究所 特任研究員)

深田 吉孝(研究当時:生物科学専攻 教授/現:名誉教授)

小島 大輔(生物科学専攻 講師)

 

発表のポイント

  • 脊椎動物の原型とされる4色型色覚をもつゼブラフィッシュを用いて、青色を感じる色受容センサーの制御に必須の鍵分子Foxq2を発見した。
  • これまで機能未知であった、脊椎動物種に広く保存されているfoxq2遺伝子の役割を見出した。
  • Foxq2による色センサー分子制御メカニズムを動物種間で比較することで、さまざまな光環境に適応するための色受容細胞レパートリの多様化メカニズムの解明が期待される。

 

発表概要

動物の網膜(注1) には複数種の色センサー(色覚に関わる光受容タンパク質)が備わり、これらの組み合わせにより「色」を知覚することができる。脊椎動物の祖先種は紫・青・緑・赤という4種類の色センサー遺伝子を持ち、4色型の色覚が原型であると考えられている。細胞ごとに1種類の色センサー遺伝子のみ転写スイッチがONになることで、網膜全体で複数種類の色受容細胞を備えることができる。これまで、可視光のなかでも中央の波長領域である青に対する色センサー遺伝子のスイッチ制御メカニズムは謎に包まれていた。

東京大学大学院理学系研究科の小川洋平特任研究員(当時)、白木知也特任助教(当時)、深田吉孝教授(当時)、小島大輔講師らのグループは、4色型色覚をもつゼブラフィッシュを用いた研究を行った。その結果、これまで機能未知であった、脊椎動物種に広く保存されている分子Foxq2が、青色センサー遺伝子の転写スイッチ制御に必須の鍵分子であることを見出した。また、比較ゲノム解析より、foxq2遺伝子は哺乳類の進化初期に失われたことが判明した。これは青色センサー遺伝子が哺乳類進化の過程で失われたことと一致する興味深い結果である。

現存する脊椎動物の色センサーは2色型から4色型まで多様化している(注2) 。Foxq2による青センサー制御メカニズムを動物種間で比較することにより、4色型色覚が成立した過程や、2色型を基本とするヒトの色覚(変型3色型)への進化的変遷の解明が期待される。

 

発表内容

脊椎動物の視覚をになう網膜には、光を検知して電気信号に変換する細胞が存在する。この光感受性の細胞は視細胞と呼ばれており、なかでも錐体細胞は明るい場所での視覚や色覚を担う。錐体細胞は応答する光の波長(色)によりさらに複数のタイプに分類され、錐体細胞の各タイプ(錐体サブタイプ)はそれぞれ固有の色センサー(光受容タンパク質オプシン(注3) )をもつ。例えば、青色感受性の錐体細胞(青色錐体)は青色センサーを発現する。このように、色感受性の異なる複数の錐体サブタイプを組み合わせることにより、脊椎動物は「色」を知覚することができる。

脊椎動物の祖先は4種類(紫・青・緑・赤)の色センサー遺伝子を備えており(図1)、4色型の色覚は脊椎動物における色覚の原型であると考えられている。実際、魚類・鳥類・爬虫類などの脊椎動物は4種類の色センサー遺伝子を全てもつ。その一方、哺乳類は進化の過程で2種類の色センサー(青と緑)遺伝子を失ったが、ヒトの祖先は赤色センサー遺伝子を重複させ、新たな色センサー遺伝子を生み出すことで変型3色型の色覚を獲得したと考えられている。これらの色センサー遺伝子は1つの視細胞において1種類のみの転写スイッチがONになる。近年の研究から、紫や赤の色センサー遺伝子の発現に必須の分子がそれぞれ同定され、制御メカニズムが解明されつつある。一方、視細胞の遺伝学的な研究はマウス(哺乳類)が中心であったため、哺乳類において失われた中波長領域の色センサー、とくに青色センサー遺伝子のスイッチ制御の仕組みは謎のまま残されていた。

図1:脊椎動物の色センサー。動物それぞれがもつ色センサーを、アミノ酸配列の類似性に基づいてグループ分けした。同じ原型に由来する色センサーでも、動物種によっては異なる波長領域に感受性を示し、異なる「色」の名前で呼ばれる場合がある。例えば、ヒトの色センサーの一つである「ヒト青」は、実際には原型の「紫」に相当する。Foxq2分子がゲノム中にコードされている動物をチェックマークで示した。

 

東京大学大学院理学系研究科の小川洋平特任研究員(当時)、白木知也特任助教(当時)、深田吉孝教授(当時)、小島大輔講師らの研究グループは、4色型の色覚をもつ小型魚類ゼブラフィッシュを用いて色センサー遺伝子の転写制御に必須の遺伝子を探索した。網膜における詳細な遺伝子発現パターンの解析を行い、青色錐体サブタイプに特異的に発現する遺伝子として転写制御因子Foxq2を特定した。Foxq2を機能欠損した変異個体をゲノム編集技術を用いて作製したところ、青色センサー遺伝子の転写が消失し、青色錐体サブタイプも消失することがわかった(図2)。

図2:ゼブラフィッシュ網膜における錐体モザイクの比較。正常な網膜(左)では、赤(R)・緑(G)・青(B)・紫(V)の錐体が格子モザイク状に配列する。Foxq2を機能欠損した網膜では青色錐体サブタイプが欠損することが分かった。

 

foxq2遺伝子はヒトやマウスでは失われているため、遺伝学を用いた解析が難しく、機能未知のまま残されていたが、本研究によりその機能が初めて解明された。foxq2遺伝子と青センサー遺伝子について比較ゲノム解析を行った結果、青センサー遺伝子をもつ動物種(真骨類、鳥類、爬虫類)では、foxq2遺伝子は保存されていることがわかった。興味深いことに、哺乳類におけるfoxq2遺伝子の欠失は、青色センサー遺伝子の欠失と非常に良く相関することがわかった(図1)。すなわち、foxq2遺伝子を欠失した哺乳類(ヒトやマウス)は青色センサー遺伝子も失っていたが、哺乳類の進化初期に分岐したカモノハシなどの動物種はどちらの遺伝子も保持していた。

foxq2遺伝子は、節足動物(ハエ)や棘皮動物(ウニ)などの無脊椎動物のゲノム中にもコードされており、脊椎動物タイプの光受容細胞が存在する脳領域にも発現することが知られている。つまり、脊椎動物が起源する以前の動物進化初期から、Foxq2は光受容センサー細胞のアイデンティティを規定する遺伝子であったと考えられ、さらには脊椎動物の進化初期において色センサーの多様化を生み出した可能性がある。foxq2遺伝子を切り口に、2色型から4色型まで多様化した脊椎動物の色センサー遺伝子を支える転写制御メカニズムの解明や、光受容細胞の進化的な起源に迫る研究への発展が期待される。

 

発表雑誌

雑誌名 Science Advances
論文タイトル Foxq2 determines blue cone identity in zebrafish
著者 Yohey Ogawa, Tomoya Shiraki, Yoshitaka Fukada*, and Daisuke Kojima*
DOI番号

10.1126/sciadv.abi9784

論文URL

https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.abi9784

 

用語解説

注1 網膜

眼の構成要素の一つで、光感受性の組織である。脊椎動物の網膜は、視細胞層(外顆粒層)、内顆粒層、網膜神経節細胞層の3層から構成される。最も奥に位置する視細胞層には桿体細胞および錐体細胞とよばれる2種類の視細胞が存在し、網膜に入射する光を検知する。桿体細胞は薄暗い場所で機能し、錐体細胞は明るい場所での視覚や色覚を担う。視細胞からの神経信号は多様な網膜神経細胞により処理を受け、最終的に網膜神経節細胞から脳中枢へ情報が伝えられる。

注2 脊椎動物の4色型色覚とヒトの3色型色覚

脊椎動物の誕生から程なくして派生したフクロヤツメは4種類(紫・青・緑・赤)の色センサー遺伝子を備えている。これより、4色型の色覚は脊椎動物における色覚の原型であると考えられている。その一方、哺乳類は進化の過程で2種類の色センサー(青と緑)遺伝子を失ったが、ヒトにおいては、赤色センサー遺伝子の重複により「ヒト緑」と「ヒト赤」が獲得された。その後、これらのうち一方の波長感受性が緑に変化したものと考えられている。また、「ヒト青」は、4色型色覚(原型)における紫色センサーに相当する。図1参照。

注3 オプシン

動物の光受容タンパク質の総称であり、7回膜貫通構造をもつGタンパク質共役受容体の一つである。発色団(補欠分子)としてビタミンAアルデヒド(レチナール)を結合する。

 

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―