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Press Releases

DATE2021.04.30 #Press Releases

相模湾から新種のクモヒトデ発見:隠れた生物多様性

 

岡西 政典(臨海実験所 特任助教)

幸塚 久典(臨海実験所 技術専門職員)

 

発表のポイント

  • 神奈川県三浦半島沖の水深90~140 mより、新種のクモヒトデを発見した。
  • 本種の形態学的な研究を行った結果、これまで90年前に1例の記録しかないコンジキクモヒトデ属のクモヒトデであり、幼体を産む生態を持つことが明らかとなった。
  • 本研究によって、100年以上研究の歴史がある相模湾にも未知の種が生息しており、その潜在的な生物多様性の高さが改めて示された。

 

発表概要

東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所の岡西政典特任助教と幸塚久典技術職員の研究グループは、実験所が望む相模湾の90~140 mの水深帯において、底曳網による生物採集を行った。その結果、体長約1 cmのクモヒトデが新種である事を認め、「Ophiodelos okayoshitakai(オフィオデロス・オカヨシタカイ)」(標準和名:コンジキコモチクモヒトデ)と命名した。

Ophiodelos属(標準和名:コンジキクモヒトデ属)は、世界でもこれまで1例しか報告例がなく、その記録はインドネシアの水深300 mより採集されたOphiodelos insignis(オフィオデロス・インシグニス)が新種記載された1930年に遡る。オフィオデロス・インシグニスは体長が2 cmに満たず、深海からの記録しかなかったため、分類学的な研究が進んでいなかった種である。コンジキコモチクモヒトデは、90年ぶりのコンジキクモヒトデ属の報告となる。

本研究成果は、微小な生物にも焦点をあてて、相模湾における継続的なサンプリングを行ってきた実験所の活動が実を結んだものとなる。

 

発表内容

研究の背景
クモヒトデ類(クモヒトデ綱)とは、ヒトデ類やウニ類と同じ「棘皮動物門」(注1) の一つのグループで、世界で約2100種、日本からは約340種が知られている(図1)。

図1:相模湾から得られたさまざまなクモヒトデ類。

 

基本的な体制はヒトデに似るが、ヒトデ類のように腕の口側に歩帯溝(ほたいこう)と呼ばれる溝を持たないことから区別される。また、ヒトデ類に比べると概して腕が細長く、その柔軟な腕を器用にくねらせることで、岩礁、砂、泥、サンゴ礁など、さまざまな海洋環境に生息している。

相模湾は、東京近郊から気軽にアクセスできる身近な海でありながら、他の海域に比べて生物の多様性が高い海域であることはあまり知られていない。相模湾の中央には相模湾トラフと呼ばれる、水深1000 mを超える急峻な海底谷がある。このため、相模湾では陸からわずかな距離で深海域に到達することができる。また相模湾海底では大陸プレートがぶつかるため、地形も複雑である。さらに北からの寒流と南からの暖流の影響を受けるため、非常に豊かな生物が生息するさまざまな環境が形成されている。特に水深100 mを超える深場に生息する生物については、古くは1870年代から、数多くの新種を含む多様な種が発見され、注目を集めてきた。

相模湾のクモヒトデ類に関しては、1917年の松本彦七郎博士の研究を皮切りとした分類学的研究が盛んにおこなわれ、1982年の入村精一博士による「相模湾蛇尾類」の発行などを経て、現在までで約150種が記録されている。本邦のクモヒトデ類は約340種が知られていることを考えると、その半数に迫る約45%のクモヒトデ類が、一つの湾に生息していることになる。しかし近年でも、2015年にOphiacantha kokusaiが新種として記載されるなど、クモヒトデ類の多様性には未だ解明の余地がある。

本研究で扱ったクモヒトデのコンジキクモヒトデ属は、1930年にインドネシアの水深300 mより記録されたオフィオデロス・インシグニス1種のみしか知られていない珍しい属である。オフィオデロス・インシグニスは体長2 cmに満たず、世界で標本一個体しか知られていないため、これまで詳細な形態観察が行われておらず、その分類学的な位置づけは不明瞭なままであった。

 

研究内容
東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所の岡西政典特任助教と幸塚久典技術専門職員の研究グループは,実験所の調査船「臨海丸」による相模湾における底曳網調査を行い、海産底生生物の収集を行った(図2)。その結果、体長約1 cmの個体がコンジキクモヒトデ属であることを認めた(図3)。

図2:本論文の著者、幸塚久典(画面中央奥)と岡西政典(画面右)による相模湾における底曳網調査の様子。

図3:本研究で新種として記載されたOphiodelos okayoshitakai sp. nov.の生時の画像。親個体から小さな子個体が放出されている。

 

最終的に得られた2個体について、その形態を詳細に観察した結果、本種は既知のオフィオデロス・インシグニスとは形態的に異なる新種であると判断し、Ophiodelos okayoshitakaiと命名した。この種名の一部である”okayoshitakai”は、2017年から2021年まで三崎臨海実験所の所長を務めた、岡良隆教授にちなんでいる。また、本種のDNA配列の一部を解読し、他のクモヒトデ類と比較したところ、本種は少なくともOphiacanthina(オフィアカンティナ)亜目に属することが判明した。しかし、亜目の下位の階級にあたる科の所属については未だに不明瞭であったため、今後より多くのDNA配列に基づいた解析が必要である。また本種の観察中に、体内から小さな幼体を10個体以上放出する様子が確認された(図3)。このことから、本種は体内に子供を保持する「保育種」であると考えられる。また、本種が鮮やかな黄色の体色を呈することにもちなみ、標準和名は「コンジキコモチクモヒトデ」と命名した。

 

社会的意義・今後の予定
相模湾におけるクモヒトデの研究は、1917年に本格的に始まり、現在までで約150種が記録されている。近年でも2015年に新種が発見されるなど、その種の多様性研究には解明の余地が大きいことが示されている。そのような中で、本研究のように体長1 cm程度の小さな個体にも着目した例は少ないため、今後、この大きさのクモヒトデにも着目することで、相模湾からさらなる新種が発見される可能性は高い。クモヒトデ類は棘皮動物の中でも種数・個体数が多く、近年では岡西特任助教の研究チームによる化石記録の報告も相次いでいる。従ってクモヒトデ類に着目することで、古相模湾の環境変遷の解明に、新たな視点を取り入れられると期待できる。今後、相模湾だけでなく、本邦各地の海底に生息している微小な種を含めたクモヒトデを広範囲に調べることで、本邦のクモヒトデの多様性をより詳細に明らかにできると考えている。本研究はその基礎情報を提示するものである。

 

発表雑誌

雑誌名 Zoological Science
論文タイトル Description of a New Brooding Species of Ophiodelos (Echinodermata: Ophiuroidea) from Japan
著者 Masanori Okanishi*, Hisanori Kohtsuka
DOI番号 10.2108/zs200101
論文URL https://doi.org/10.2108/zs200101

 

用語解説

注1 棘皮動物

ウニ、ナマコ、ヒトデなどを含む海産動物のいちグループで、原則として星形の体を持つ。