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Press Releases

DATE2021.03.29 #Press Releases

たった1つのレーザー加工穴から、数十万点の加工深さビッグデータを取得

 

櫻井 治之(フォトンサイエンス研究機構 特任研究員(現・物性研究所 特任助教))

小西 邦昭(フォトンサイエンス研究機構 助教)

田丸 博晴(フォトンサイエンス研究機構 特任准教授)

湯本 潤司(フォトンサイエンス研究機構 教授)

五神 真(物理学専攻教授(現総長)

 

発表のポイント

  • レーザー光で破壊された物質の穴形状と、入射されたレーザー光の強度の関係について、たった1つの加工穴から数十万点におよぶ大量のデータを取得できる手法を開発した。
  • 入射レーザー光の強度分布の2次元情報と破壊された物質形状の2次元情報を重ねて、直接比較することが可能な新しい手法を開発し、データ取得効率の大幅な向上を達成した。
  • 本手法によって、レーザー加工技術の進歩に必要となる基礎データを、大量かつ高い精度で取得することが可能になり、レーザー加工の原理解明や光を用いたものづくり技術の発展への貢献が期待できる。

 

発表概要

レーザー加工は、炭素繊維複合材料やガラスのような加工の難しい材料に適用できる新しい製造加工技術として、近年大変注目されています。レーザー加工を設計・制御可能な技術として産業応用を進めていくためには、レーザー加工の際に生じている複雑な物理的・化学的現象の把握と、その原理の解明が不可欠です。最近の研究により、近年目覚ましい進歩を遂げている機械学習や大規模第一原理計算との組み合わせが、その実現に向けた強力な手法となることも明らかになってきました。このためには、強度、波長、パルス幅といった、レーザー光のさまざまな条件に対して、加工穴の深さや形状などに関する大量のデータを収集することが必要となります。しかしながら、レーザー加工は不可逆な現象であるために、実験には大量のレーザー加工穴の作製とそれらの測定が必要となります。そのため、実験可能な回数が限られてしまい、系統的かつ大量の学習データ(ビッグデータ)を取得することが困難という問題がありました。

今回、東京大学大学院理学系研究科の櫻井治之特任研究員(現・物性研究所特任助教)、小西邦昭助教、田丸博晴特任准教授、湯本潤司教授、五神真教授(現・総長)らは、超短パルスレーザーの照射による物質の除去深さの入射光強度依存性について、高精細なイメージング技術を活用し、たった一つのレーザー加工穴から数十万点のデータを一度に求めることができる新たな手法(フルーエンスマップ法)を開発しました。本研究では、レーザーパルスの強度分布が空間的に非一様であることに着目して、自作ビームプロファイラで測定したレーザー光の強度分布と、レーザー顕微鏡で測定した加工穴の深さ分布とを厳密に重ね合わせることにより、場所ごとのレーザー光強度と加工深さの関係を可視化することに成功しました。これによって、これまでの手法では1つの加工穴からは加工穴深さや穴半径などの限られた数点の情報しか得ることができなかったのに対し、本手法ではたった一つの加工穴から数十万点のデータを一度に取得することが可能となりました。本手法によって、機械学習に必要となるデータ取得の効率の劇的な向上や、第一原理計算結果と比較するための信頼性の高いデータの系統的な取得が可能となり、レーザー加工の原理解明と制御可能性の向上に向けて大きな役割を果たすことが期待されます。

 

発表内容

研究の背景
超短パルスレーザーを用いたレーザー加工技術は、炭素繊維複合材料やガラスなどの加工の難しいさまざまな材料に対して、非接触で、熱ダメージの影響なく超微細な形状を自在に作製できるなど、これまでの加工技術にはない利点を数多く有しているため、次世代の加工技術として産業界からの注目が近年急速に高まっています。そのため、レーザー加工技術の制御性を高めることは、産業応用上の重要な課題です。その一方で、レーザーによる物質破壊は、非平衡開放系における、空間的にはナノメートルからミリメートルまで、時間的にはフェムト秒からマイクロ秒までに及ぶマルチスケールの極めて複雑かつ不可逆な物理現象であるため、そのメカニズムはいまだ完全には解明されていません。そのため現状では、レーザー加工における最も基本的な物理量である、レーザー光の照射によって生じる物質の除去深さでさえ、シミュレーションによって予測することは困難です。

レーザー加工のメカニズムを解明し、その学理を構築していくためには、近年目覚ましい進歩を遂げている機械学習や大規模第一原理計算と組み合わせていくことが非常に有効であることが、最近の研究で明らかになってきました。そのためには、強度、波長、パルス幅といった、さまざまなレーザー光の条件に対して生成される穴深さや形状に関して、信頼性の高い実験データを多く収集していくことが不可欠となります。加工形状のレーザー光強度依存性の実験結果から、レーザー破壊閾値(注1)のような重要な物理量を求めることができ、さらに、レーザー光強度に依存したレーザー光のエネルギー吸収量の変化や、破壊形状の変化を知ることも可能となります。しかしながら、このようなレーザー光強度依存性を調べる実験を行うためには、レーザー加工が不可逆な現象であるために、レーザー光強度を変えて多くの加工穴を作製し、それらの加工穴の一つ一つを顕微鏡で観察して、その形状を解析していく必要がありました。これは多くの時間と労力を必要とするものであるために、取得できる実験データの数が限られ、系統的なデータ収集を行うことは困難です。さらに、このような手法で取得された実験値は、論文によって値が大きく異なっており、信頼できるデータの判別が難しいという問題もありました。このような問題を解決するためには、破壊の様相のレーザー光強度依存性を調べる、より簡便で正確な手法が必要となります。

研究内容
今回の研究において東京大学大学院理学系研究科の櫻井特任研究員、小西助教、田丸特任准教授、湯本教授、五神教授らは、これまでの手法では何十・何百回ものレーザー加工穴作製と計測が必要となっていた加工深さのレーザー光強度依存性の測定を、たった一回の加工穴作製とその測定で取得可能にする新しい手法(フルーエンスマップ法)の開発に成功しました。本手法では、ビームスポット(注2)内での場所ごとのフルーエンス((注3)、局所フルーエンス)が、スポット近傍ではゼロからあるピーク値の間で連続的に変化していることに着目しました。そのため、レーザー加工によって生じる1つの加工穴の各場所における加工深さ(局所加工深さ)は、入射したレーザー光の各場所における局所フルーエンスを反映したものになることが予想されます。この依存性こそが、「どれくらいのレーザー光強度で物質の破壊が生じるのか」という知りたい情報であり、これを正確に把握できれば、多数の加工穴を作製して実験を行った場合と同等な情報を得ることができます。

図1:今回発明したフルーエンスマップ法の概念図

 

これを実現するための、今回開発した手法の概要を図2(a)に示します。本手法では、加工面におけるレーザー光の強度分布は自作の高精細ビームプロファイラで測定し、加工穴の形状はレーザー顕微鏡で測定しました。それぞれの測定結果をそれぞれ図2(b)と図2(c)に示します。

図2:(a) フルーエンスマップ法の概要。自作ビームプロファイラによる測定した局所フルーエンス分布の測定結果(1)とレーザー顕微鏡で測定した加工穴深さの測定結果(2)を、数値処理により重ね合わせ(3)、フルーエンスマップと呼ばれるヒストグラムとして出力する(4)。(b)加工に用いられたレーザーパルスの集光点におけるビームプロファイルの測定結果。(c)波長1030 nm、パルス幅190 fsのシングルパルスでレーザー加工したサファイア加工穴の高さプロファイルの測定結果。

 

それらの結果を、数値処理を用いて正確に重ね合わせることにより、各場所における局所フルーエンスと局所加工深さの関係を明らかにしました(図3(a))。この結果から、局所フルーエンスと場所ごとの局所加工深さの関係のヒストグラムを作成して可視化したものが、フルーエンスマップとなります(図3(b))。

図3:(a) レーザー光の局所フルーエンスと加工穴高さプロファイルの重ね合わせ情報。(b)局所フルーエンスと局所高さの関係を表すヒストグラム(フルーエンスマップ)。

 

これは、たった一つの加工穴の情報から、約25万点のデータを抽出していることに相当しており、データの収集効率が劇的に向上しています。この結果より、局所フルーエンスが3.5 J/cm2以上の場合に局所加工深さが負、すなわち加工穴が生じており、3.5 J/cm2がレーザー破壊閾値であると一目でわかります。さらに、6 J/cm2近傍に見られる小さなピーク構造は、加工の様相の変化を表していると考えられ、これまでに知られていなかった新たな加工状態の存在を示唆しています。旧来の手法では1つの加工穴からは穴深さ、穴半径のような特定の値しか得られず多くの情報は捨てられてしまっていましたが、本手法によって1つの加工穴全体で2次元的な多数の情報を高い効率で取得することが可能となりました。

社会的な意義・今後の予定
ある物質に対して、どれくらいの強度のレーザー光を入射するとどのような加工穴が生成されるのかという情報は、レーザー加工現象のメカニズムを考えるという基礎科学の観点と、レーザー加工技術の高度化という産業応用の観点の双方において、最も基本的な情報のひとつですが、今回開発したフルーエンスマップ法はそれらのデータ取得効率を劇的に向上させるものです。これによって、機械学習に必要となるデータ取得の効率の劇的な向上や、第一原理計算結果と比較するための信頼性の高いデータの系統的な取得が可能となり、レーザー加工の原理解明と制御可能性の向上に向けた大きな前進へとつながります。また、現在機械学習を用いたレーザー加工シミュレーターを実現する取り組みも進められており、本手法によって得られる高精度かつ大量のデータは、それに向けて重要な役割を果たすことが期待されます。

*本研究は、文部科学省「フォトンサイエンス・リーディング大学院(ALPS)」、文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)「先端レーザーイノベーション拠点」(JPMXS0118067246)、センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム「コヒーレントフォトン技術によるイノベーション拠点」、NEDO委託事業「高輝度・高効率次世代レーザー技術開発」の助成を受けて行われました。

 

発表雑誌

雑誌名 Communications Materials
論文タイトル Direct correlation of local fluence to single-pulse ultrashort laser ablated morphology
著者 Haruyuki Sakurai, Kuniaki Konishi, Hiroharu Tamaru, Junji Yumoto, Makoto Kuwata-Gonokami*
DOI番号
論文URL https://doi.org/10.1038/s43246-021-00138-x

 

 

用語解説

注1 レーザー破壊閾値

物質に照射した場合に、破壊が生じるために必要なレーザー光のフルーエンス(注3参照)。

注2 ビームスポット

レーザー光の焦点においてビームが照射されている領域のこと。

注3 フルーエンス

一つの光パルスのエネルギーを、そのビームの面積で割った値。単位は、通常J/cm2で表される。