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Press Releases

DATE2021.01.01 #Press Releases

光の波面制御により計測画像を消す技術で顕微鏡を高感度化

~ 従来の定量位相顕微鏡の位相検出限界を突破 ~

 

戸田 圭一郎(物理学専攻 博士課程2年生)

玉光 未侑(物理学専攻 博士課程3年生)

井手口 拓郎(フォトンサイエンス研究機構 准教授)

 

発表のポイント

  • 従来の定量位相顕微鏡の位相検出限界を超える高感度の定量位相顕微鏡を開発した。
  • 波面制御技術と暗視野顕微鏡技術を用いて大きな位相遅れ画像と小さな位相遅れ画像を別々に計測することで、イメージセンサで検出可能な光量制限に伴う光子数不確定性による位相検出限界を超える感度を達成することに成功した。
  • 細胞内外の微粒子追跡や細胞内生体分子の動的挙動観測など、わずかな位相変化を高い検出感度で計測しなければならない場面への利用が期待される。

 

発表概要

定量位相顕微鏡は計測試料による照明光の位相遅れを計測することで、細胞骨格や細胞内小器官などの形状を非標識で可視化できる技術です。計測した情報を基に、成長速度などの細胞の状態を定量できる技術として幅広く利用されています。しかし、検出可能な位相範囲はイメージセンサで検出可能な光量制限に伴う光子数不確定性(注1)によって制限されており、これまで高い検出感度が求められる場面では用いられてきませんでした。東京大学大学院理学系研究科の井手口拓郎准教授らは、光の波面制御技術(注2)と暗視野顕微鏡技術(注3)を用いて、試料により生じる大きな位相遅れ分布と小さな位相遅れ分布を別々に計測することで検出可能な位相範囲を拡張する新たなコンセプトの定量位相顕微鏡を開発し、上記の制限による位相検出限界を超えることに成功しました。開発した技術は、細胞内外の微粒子追跡や細胞内生体分子の動的挙動観測など、これまで計測することのできなかった微小な位相変化の計測に適用できるため、定量位相顕微鏡による新しい単一細胞解析手法の創出に発展することが期待されます。

 

発表内容

研究の背景
位相顕微鏡は透明試料の形態情報を非標識で可視化することのできる技術として、生物学をはじめとした幅広い分野で利用されています。その中でも、定量位相顕微鏡は光の位相遅れを定量することで細胞の形態や細胞内小器官などを可視化することに用いられ、また、定量位相情報を基に成長速度などの細胞の状態を定量する単一細胞解析の新たなツールとして注目を集めています。様々な種類の定量位相顕微鏡が開発される一方で、定量位相顕微鏡の高感度化はあまり進められてきませんでした。そのため、高い検出感度が求められる細胞内外の微粒子追跡や細胞内生体分子の動的挙動によるわずかな位相変化計測などには用いられていません。高感度化の開発が行われてこなかった背景には、試料を乗せるガラス基板の表面粗さに由来する静的なノイズによって計測位相の不確かさが決まってしまうという問題がありました。この問題は、連続撮影した位相画像の差分を取ることによる静的ノイズ除去解析により解決できます。差分解析法を用いることで、近年、干渉散乱顕微鏡(注4)という異なる手法を用いた先行研究において、基板の表面粗さよりもはるかに小さな位相コントラストを生む微粒子が基板上を動く様子を可視化することに成功した例があります。しかしながら、干渉散乱顕微鏡では、細胞のような複雑な構造を持つ試料からは包括的な定量情報を得ることができません。大きな位相コントラストを生む細胞骨格の中で動く微小な位相変化を、細胞全体の画像を包括的に取りつつも定量的に計測するためには、広い位相検出範囲(高ダイナミックレンジ)を持つ定量位相顕微鏡により、大きな位相遅れ分布から小さな位相遅れ分布まで広く計測する必要があります。細胞を計測する場合には必ず大きな位相遅れ分布が存在するため、検出可能な最小位相を引き下げる必要があります。このためには、イメージセンサで検出可能な光量制限に伴う光子数不確定性の壁を超える必要がありました。

開発した手法の概要
東京大学大学院理学系研究科の戸田圭一郎大学院生、玉光未侑大学院生、井手口拓郎准教授らのグループは、従来の定量位相顕微鏡の位相検出限界を超える新たなコンセプトの定量位相顕微鏡 (ダイナミックレンジ拡大定量位相顕微鏡) を開発しました(図1)。

図1:ダイナミックレンジ拡大定量位相顕微鏡の概念図

 

従来手法では、イメージセンサで検出可能な光量制限に伴う光子数不確定性によって検出可能な位相範囲が定まっています。新手法では、波面制御技術と暗視野顕微鏡技術を用いて、大きな位相遅れ分布と小さな位相遅れ分布を別々に計測することで、従来の定量位相顕微鏡の検出限界を超えることに成功しました(図2)。

図2:ダイナミックレンジ拡大定量位相顕微鏡の原理。a従来の定量位相顕微鏡及び本手法の位相計測ダイナミックレンジ。1度目の計測に加え、位相キャンセル法により位相計測レンジを下方にシフトして2度目の計測を行うことで、従来の定量位相顕微鏡に比べてダイナミックレンジを拡大することができる。bダイナミックレンジ拡大定量位相顕微鏡の概要。左: 1度目の計測では、従来の定量位相計測を行う。中央: 波面制御による位相キャンセルと暗視野光学系を組み合わせることで、イメージセンサで検出する光量を著しく減らすことが出来る。右: 2度目の計測では、位相キャンセルと暗視野光学系に高強度の照明を用いることで、小さな位相遅れ分布のみを信号増幅して高感度に計測することが可能となる。これはaで示したダイナミックレンジを下方にシフトした計測に相当する。

 

まず、1回目の計測では、従来通りの定量位相計測を行い、試料由来の大きな位相遅れ分布を持つ位相画像を検出します。次に、波面制御技術を用いて1回目の計測で得た位相画像とは逆位相の波面を持つ照明光を生成します。逆位相波面の照明光により試料由来の大きな位相遅れ分布がキャンセルされるため、暗視野光学系と組み合わせればイメージセンサに届く光量を著しく減らすことが出来ます。これにより、2回目の計測の際には1回目の計測時よりも高強度の照明が可能となり、小さな位相遅れ分布のみを信号増幅して高感度に計測することができます。2回目で得られた位相画像と波面制御機器に入力した位相画像を計算で足し合わせることで、ダイナミックレンジを拡大した定量位相画像となります。今回の原理検証実験では、本手法を赤外光による分子振動吸収により生じるわずかな位相変化を検出する赤外フォトサーマル定量位相顕微鏡(注5)に適用し、従来技術に対して約7倍検出感度を向上することに成功しました(図3)。これは、従来技術で約50枚のデータを取得して平均化した場合に達成可能な検出感度に相当します。

図3:ダイナミックレンジ拡大定量位相画像(左:従来手法で計測した定量位相画像。右:本手法で計測した位相画像)。aシリカマイクロビーズの位相画像。b赤外吸収によるシリカマイクロビーズの位相変化画像(赤外光ON状態とOFF状態の位相画像の差分)。

 

社会的意義
本手法は、幅広い研究分野における新たな細胞計測ツールとしての利用が期待されます。例えば、ウイルス、エクソソームなどの細胞内外の微粒子追跡や細胞内生体分子の動的挙動によるわずかな位相変化計測などへの利用が想定されます。また、今回の原理検証実験のように、外部から光波や音波などの様々な刺激を加えることで起こる微小な位相変化を高感度に定量することで、外部からの刺激に対する細胞の応答の詳細な解析に用いられることも想定されます。

本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 さきがけ 「量子技術を適用した生命科学基盤の創出」研究領域 研究課題名「超高感度ラベルフリーイメージング法の開発」(JPMJPR17G2)平成29年度採択(研究者:井手口 拓郎)からの支援を受けて行われました。

 

発表雑誌

雑誌名 Light: Science & Applications
論文タイトル Adaptive dynamic range shift (ADRIFT) quantitative phase imaging
著者 Keiichiro Toda, Miu Tamamitsu and Takuro Ideguchi*
DOI番号 10.1038/s41377-020-00435-z

 

用語解説

注1 光子数不確定性

量子効果に由来する光子数の統計的変動による光子数のゆらぎ(ショット雑音)。

注2 光の波面制御技術

光波に人為的に位相を加えることで光の波面を制御する技術。

注3 暗視野顕微鏡

透過光を除去することで試料による散乱光のみを計測する顕微鏡。

注4 干渉散乱顕微鏡

試料からの後方散乱光とガラス基板からの反射光の干渉を計測する顕微鏡。

注5 赤外フォトサーマル定量位相顕微鏡

分子の赤外吸収で生じる光熱変換由来の屈折率変化を定量位相顕微鏡による位相計測で定量することにより、分子振動の分布画像を取得できる顕微鏡(参考:https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/info/6822/)。