DATE2020.11.11 #Press Releases
東京大学木曽観測所トモエゴゼンと京都大学生存圏研究所MUレーダーによって微光流星の同時観測に成功
大澤 亮(天文学教育研究センター 特任助教)
酒向 重行(天文学教育研究センター 准教授)
発表のポイント
- 東京大学木曽観測所で開発したトモエゴゼン(注1)と京都大学生存圏研究所MUレーダー(注2)の連携によって計228件の微光流星の同時観測に成功した。
- レーダーによる観測から惑星間空間ダスト(注3)の質量を結びつける手法を定式化した。
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MUレーダーによる流星観測アーカイブデータを解析することにより、宇宙から地球に流星として流入している質量は1日におよそ1トン程度であると推定した。
発表概要
東京大学理学系研究科附属天文学教育研究センター大澤亮特任助教を含む研究グループは、東京大学木曽観測所の「トモエゴゼン」と京都大学生存圏研究所MUレーダーを用いて、合計で228件の流星をレーダーと可視光で同時に観測することに成功しました。また、過去に実施した同時観測のデータと合わせて、レーダーによる観測結果から流星の明るさやダストの質量を求めるための手法を定式化しました。得られた手法をMUレーダーが2009年から2015年にかけて観測した流星アーカイブデータに適用することで、MUレーダーでは0.01 mgから1 g程度のダストによる流星を検出していること、および流星による宇宙からの質量流入が1日におよそ1トン程度であることを示しました。
太陽系は彗星や小惑星によって生成された微小粒子(惑星間空間ダスト)によって満たされています。こうした粒子は絶えず地球に降り注いでおり、地球大気との相互作用によって流星として観測されます。流星の観測は惑星間空間ダストを1粒単位で研究することのできる有力な手段です。
今回の研究でトモエゴゼンとMUレーダーによる連携が惑星間空間ダストの研究に有用であることを示すことができました。今後の連携観測によって惑星間空間ダストの起源への理解がより深まると期待されます。
発表内容
研究の背景
太陽系では彗星や小惑星によって微小な粒子(惑星間空間ダスト)が絶えず生成されており、惑星間空間を満たしています。惑星間空間ダストの空間密度やサイズごとの量を調べることによって、太陽系小天体の活動や微小な粒子の進化を調べることができます。
地球が周回する 1 au 付近では、惑星間空間ダストの質量の大半は 0.001 mg から 10 mg 程度の質量をもつ粒子が占めると考えられています。こうした大きさのダストは空間密度が低いため、人工衛星や探査機によって効率よく調査することができません。一方で、惑星間空間ダストは日常的に地球に降り注いでいます。ダストが地球に突入すると、大気と相互作用をすることによって流星として観測されます。地球の大気そのものを巨大な検出装置として使うことができるため、流星観測は惑星間空間ダストの研究に広くもちいられてきました。
これまで、質量が 10 mg 以下の小さなダストが引き起こす暗い流星(微光流星)は、大出力の大型レーダー設備をもちいたヘッド・エコー観測(注4)によって研究されてきました。流星ヘッド・エコー観測は、微弱な流星を効率よく見つけ出すことができますが、観測量であるレーダー反射断面積(注5)からダストの質量を求めることが難しいという問題がありました。この問題を解決する方法のひとつが、レーダーと可視光による同時観測です。ヘッド・エコー観測と光学観測の両方で同一の流星を捉えることで、レーダー反射断面積と流星の明るさを結びつけ、光学観測の手法でダストの質量を導出することができます。これまでも同時観測を試みた研究例はありましたが、主に光学観測の感度不足のために、レーダー反射断面積と光度の関係を十分な精度で得ることができませんでした。
研究内容と成果
東京大学理学系研究科附属天文学教育研究センター大澤亮特任助教を含む研究グループは、東京大学木曽観測所で開発した「トモエゴゼン」と京都大学生存圏研究所 MU レーダーによる同時観測を実施しました。トモエゴゼンは 105-cm シュミット望遠鏡に搭載された広視野 CMOS モザイクカメラです。天文学用観測装置としてはめずらしく 2 fps での動画観測機能を備えており、 10 等級程度の微光流星まで捉えることができます。 MU レーダーが観測する微小な粒子による流星を光学的に捉えることができると期待されます。研究グループは 2018 年 4 月 18 日から 21 日にかけての 4 日間、長野県木曽郡にある望遠鏡を滋賀県甲賀市にある MU レーダー上空 100 km ほどの領域に向けて 2 fps での動画観測を実施しました(図1)。
図1:東京大学木曽観測所トモエゴゼンと京都大学生存圏研究所MUレーダーによる同時観測の概念図。 両施設は直線距離でおよそ173 km離れている。MUレーダーは上空100 kmの流星をモニタリングしており、トモエゴゼンはMUレーダーが監視している空域を横から観測する。
同時刻に MU レーダーで実施した流星観測の結果と慎重に照らし合わせることで、合計 228 件の散在流星(注6)がヘッド・エコーおよび光学観測の両方で確実に捉えることができたと結論づけました。わずか 4 日間でこの数の同時観測を達成することができたのは、高い感度で動画観測ができるトモエゴゼンの性能によるものです。
同研究グループは 2009 年から 2010 年にかけて収集した MU レーダーと高感度 CCD カメラによる同時観測 103 件をあわせて、レーダー反射断面積と可視等級の関係を調べました (図2)。
図2:同時観測した流星のレーダー反射断面積と可視光の等級の関係。およそ2等級から10等級まで、1000倍以上明るさの違う流星について一貫した関係が成り立つことがわかった。
図2は明るい流星 (~2 等級) から暗い流星 (~10 等級) まで、おおむねひとつの関係式で表すことができることを示唆しています。今回の同時観測によって、レーダー反射断面積と可視光の明るさを結びつけるための関係式を得ることができました。
また、同研究グループは今回得られた結果を 2009 年から 2015 年にかけて実施されてきた MU レーダーによる散在流星のアーカイブデータに適用しました。合計 15 万件の散在流星のデータを解析し、流星を引き起こしたダストの質量を見積もりました。図3は MU レーダーで観測された惑星間空間ダストの質量と地球へ流入する個数の関係を示しています。
図3:MUレーダーが捉えた流星に対応する惑星間空間ダストの質量と地球に流入している個数の関係。惑星間空間ダストが地球へ流入する個数は軽いダストほど多く、その関係はほぼ直線で近似できる。ただし,0.01 mgよりも軽いダストは感度不足のため十分に捉えられていない。今回得られた関係式を元に、ダストの質量を数え上げると、地球全体に流入する惑星間空間ダストの質量は1日あたりおよそ1トンになる。
この結果から,ヘッドエコー観測では 0.01 mg から 1 g 程度のダストを捉えられていることが分かりました。これは MU レーダーが地球付近に存在する惑星間空間ダストの主要な部分を調査する能力があることを示しています。また、観測された流星の数をもとに宇宙から地球に流星として流入してくる物質の量を見積もったところ、およそ 1 日に 1 トン程度という推定になりました。本研究によって,地球付近に存在している惑星間空間ダストの質量を見積もるための重要な指標を導き出すことができました。
本研究を実施するにあたり、日本大学理工学部航空宇宙工学科(阿部研究室)は、同時観測の提案、およびトモエゴゼンの観測データの共同解析や、過去に実施された高感度CCDカメラによる同時観測データの解析に貢献しています。また、スウェーデン・宇宙物理研究所(IRF)、国立極地研究所のグループは、流星ヘッド・エコーの観測データの解析に貢献しています。
今後への期待
トモエゴゼンと MU レーダーの連携によって、レーダーと可視光による流星の同時観測の研究を質・量ともに大きく前進させることができました。また、今回の研究に依ってトモエゴゼンと MU レーダーによる連携が惑星間空間ダストの研究に有用であることを示すことができました。今回は散在流星の個数 (惑星間空間ダストの質量密度) に着目して研究を行ないましたが、今後は群流星の性質に注目することや、流星の色や軌道に注目することによって、惑星間空間ダストの起源に迫る研究を進めることを計画しています。
発表雑誌
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雑誌名 Planetary and Space Science 論文タイトル Relationship between Radar Cross Section and Optical Magnitude based on Radar and Optical Simultaneous Observations of Faint Meteors 著者 Ryou Ohsawa*, Akira Hirota, Kohei Morita, Shinsuke Abe, Daniel Kastinen, Johan Kero, Csilla Szasz, Yasunori Fujiwara, Takuji Nakamura, Koji Nishimura, Shigeyuki Sako, Jun-ichi Watanabe, Tsutomu Aoki, Noriaki Arima, Ko Arimatsu, Mamoru Doi, Makoto Ichiki, Shiro Ikeda, Yoshifusa Ita, Toshihiro Kasuga, Naoto Kobayashi, Mitsuru Kokubo, Masahiro Konishi, Hiroyuki Maehara, Noriyuki Matsunaga, Takashi Miyata, Yuki Mori, Mikio Morii, Tomoki Morokuma, Kentaro Motohara, Yoshikazu Nakada, Shin-ichiro Okumura, Yuki Sarugaku, Mikiya Sato, Toshikazu Shigeyama, Takao Soyano, Hidenori Takahashi, Masaomi Tanaka, Ken'ichi Tarusawa, Nozomu Tominaga, Seitaro Urakawa, Fumihiko Usui, Takuya Yamashita, Makoto Yoshikawa DOI番号 論文URL https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0032063319304246
用語解説
注1 トモエゴゼン
東京大学大学院理学系研究科附属天文学教育研究センター木曽観測所が中心となり開発を進めてきた105cmシュミット望遠鏡用の新観測装置。84 枚の高感度 CMOS センサをモザイク状に組み合わせることによって、約 20 平方度(満月の面積のおよそ 84 倍)を 2 fps で連続的に監視することができる。2019 年 10 月 1 日に本格運用を開始し、地球接近小惑星や超新星の発見で成果を挙げている。本研究は CMOS センサを 21 枚搭載した開発中のトモエゴゼンを使用した。
http://www.ioa.s.u-tokyo.ac.jp/kisohp/NEWS/pr20190930/pr20190930.html ↑注2 MU レーダー
京都大学生存圏研究所信楽 MU 観測所の主要観測施設。中層大気と超高層大気を観測するために作られた VHF 帯の大型レーダー。475 本のアンテナによって直径 103 m の円形アレイを構成している。
http://www.rish.kyoto-u.ac.jp/mu/index.html↑注3 惑星間空間ダスト
彗星や小惑星から放出された微粒子。地球大気に突入して流星を引き起こした粒子はメテオロイドと呼称されるが、ここではメテオロイドも含めてダストと表現した。↑
注4 流星ヘッド・エコー観測
大気中を運動している流星の先端に発生しているプラズマに電波パルスを当て、反射されてきた信号を観測する手法。ターゲットとなるプラズマは流星と共に移動するため、流星の位置と速度を正確に求めることができる。対して、流星が通った後に残されるプラズマから返ってくる信号を捉える観測手法を流星トレイル・エコー観測と呼ぶ。 ↑
注5 レーダー反射断面積
レーダー観測において、ターゲットがどれだけ発見されやすいかを表した指標。送信したパルス波の強度と返ってきた信号の強度の比から計算される。流星ヘッド・エコー観測においては、どれだけの大きさのプラズマが形成されたかの指標となっている。↑
注6 散在流星
流星の中には地球に突入する前のダストの軌道が非常に似通ったグループが複数存在している。こうしたダストは同一の天体(主に彗星)から放出されたものだと考えられている。類似した軌道を持った流星の集まりを流星群、流星群に付随する流星を群流星と呼ぶ。一方で、特定の流星群に属していない流星を散在流星と表現する。 ↑