格子状に並んだナノサイズの穴を持つ薄い膜が、らせんの光の波長を変える
~極短波長のそろった円偏光を簡単に作り出すことに成功~
小西 邦昭(フォトンサイエンス研究機構 助教)
赤井 大輔(豊橋技術科学大学エレクトロニクス先端融合研究所 助教(研究当時))
三田 吉郎(工学系研究科 准教授)
石田 誠(豊橋技術科学大学 名誉教授)
湯本 潤司(フォトンサイエンス研究機構 教授)
五神 真(理学系研究科 教授(現総長))
発表のポイント
- 波長200nm以下の短い波長(真空紫外)で、電場の波がらせんのように回転する光(円偏光)を、簡便かつ高効率に発生できる手法を開発した。
- 等しい間隔で並んだ正方形の格子の位置にナノサイズの穴を開けた薄い膜(フォトニック結晶ナノメンブレン)が、人が目で見える波長の円偏光を真空紫外領域の円偏光に波長変換する物質として有効であることを示した。
- 真空紫外領域の円偏光を簡便に発生させることが可能になり、生体分子のイメージングや、物質の電子スピン状態探索に役立つ分析技術への応用が期待される。
発表概要
光は電場と磁場の変化を伝える波の性質を持っていて、電場や磁場の振動の仕方によっていくつもの種類があります。円偏光(注1)は、電場の波が光の進行方向に対してらせんのように回転するタイプの光であり、電場が右回転の場合(右回り円偏光)と左回転の場合(左回り円偏光)とでは物質の性質によっては光の吸収が異なることを利用して、生体分子の構造対掌性(キラリティー(注2))や、物質の磁性に関わる電子スピン(注3)の状態を知ることができます。特に真空紫外領域(注4)と呼ばれる200nm以下の短い波長を持った円偏光は、多くの生体分子の立体構造や物質の電子状態などを検出できる有用な光です。この光を、非常に短い発光時間を持つ超短パルス光(注5)として作り出し、かつ小さな点に集めることができれば、サブマイクロメートル領域で起こっている一瞬の現象を観測できる強力なツールとなりますが、これまではそのような光を簡便に発生させることは困難でした。
東京大学大学院理学系研究科の小西邦昭助教、五神真教授(現総長)らは、人が目で見える光として感じる波長の円偏光を、真空紫外領域の短い波長の円偏光に直接変換できる物質を探索し、等しい間隔で並んだ正方形の格子の位置にナノサイズの穴を開けた薄い膜が利用できることを初めて発見しました(図1)。波長が変換された真空紫外の円偏光は、十分な強度で分光などの用途に利用できることも分かりました。
図1:開発した真空紫外コヒーレント円偏光発生法の概念図。可視光の円偏光フェムト秒レーザーを正方格子状に周期的な穴の開いた誘電体ナノ薄膜(フォトニック結晶)に照射すると、真空紫外領域の円偏光に変換される
このようなナノ構造を持つ薄膜はフォトニック結晶と呼ばれ、光の伝わり方を制御するための研究が行われてきました。正方形の格子状に穴の開いたフォトニック結晶を、真空紫外領域への変換に使うという新しい発想は、真空紫外の円偏光を簡単に作り出すことを可能とし、医学、生命科学、分子化学、磁性材料などの材料科学といったさまざまな分野において、機能性分子や機能材料を発見するのに役立つ分析技術につながることが期待されます。
発表内容
研究の背景
光は現在、物質の性質の探索や生命現象の解明のために、不可欠なツールの一つとなっています。これまでは難しかった新しい状態の光を生み出すことは、科学技術の発展のために重要な役割を担います。本研究では、“円偏光状態の真空紫外コヒーレント光(注6)”を、簡便に発生させるための新しい手法を開発しました。
真空紫外コヒーレント円偏光を用いることができれば、さまざまな物質のスピン状態や生体分子構造の、サブマイクロメートルの小さな領域で生じる一瞬の現象を観測できるようになり(詳細は(注1)、(注4)、(注6)を参照)、これまでに見つかっていなかった新たな現象や特性の発見につながることが期待されます。しかしながら、真空紫外領域では多くの物質が不透明となるためにその制御が困難であり、真空紫外コヒーレント円偏光の極短パルス光を発生させることは難しいという問題がありました。
近年、小西助教、五神教授らは、厚さが数100nmの誘電体自立ナノ薄膜(ナノメンブレン)に対して可視光の直線偏光フェムト秒レーザーを入射すると、第3次高調波発生(注7)により、高い効率で直線偏光の真空紫外光に変換されることを発見しました(注8)。しかしながら、通常のナノメンブレンに円偏光のフェムト秒レーザーを入射しても、第3次高調波は生じません。物質から円偏光の高調波が生じるためには、物質が適切な回転対称性(注9)を持つことが必要です。このことは1960年代にBloembergenらによって自然結晶において初めて見いだされ、人工的に作製した金属ナノ構造でも同様の現象が生じることが、2014年に小西助教らによって明らかにされました(注10)。この考えに基づくと、円偏光によって第3次高調波が生じるためには、構造が4回回転対称性を持っていることが必要です。すなわち、ナノメンブレンに人工的に4回回転対称性を導入できれば、円偏光の真空紫外光への変換が可能になることが予想されました。
開発した手法の概要
今回、本研究において東京大学大学院理学系研究科の小西助教、五神教授らは、可視光領域の円偏光フェムト秒レーザー光を、簡便に真空紫外領域の円偏光に変換する手法を開発することに成功しました(図1)。
本手法では、ナノメンブレンに4回回転対称性を導入するために、正方格子状に周期的な穴を作製しました。このような周期的な穴の開いたナノメンブレンはフォトニック結晶と呼ばれ、光制御に用いるさまざまな研究がこれまでに行われていますが、真空紫外光への円偏光波長変換に用いられたことはありませんでした。
今回開発した手法では、豊橋技術科学大学の石田誠名誉教授、赤井大輔助教(研究当時)らの作製した、シリコン基板上の厚さ48nmのエピタキシャルγ-Al2O3薄膜を用いました。化学気相成長(Chemical Vapor Deposition: CVD)法で作製したエピタキシャルγ-Al2O3薄膜は引張張力を有しており、しわのないフラットなメンブレンを作製するのが容易という特徴があります。また、エピタキシャルγ-Al2O3ナノメンブレンは高い効率で真空紫外の第3次高調波を発生できることが明らかになっていました(注8)。そこで、この薄膜に対して、微小電気機械(Micro Electro Mechanical Systems: MEMS)及び微細加工の専門家である東京大学の三田吉郎准教授とともに、最先端微細加工装置を駆使して(注11)、直径190nmの穴が周期600nmで正方格子状に開けられたフォトニック結晶ナノメンブレンを作製しました(図2)。
図2:作製したフォトニック結晶ナノメンブレンの模式図と電子線顕微鏡像。スケールバーの長さは1μm。
作製したフォトニック結晶ナノメンブレンの大きさは300μm四方です。このフォトニック結晶構造の共鳴波長である波長470nmの円偏光フェムト秒レーザー(パルス幅100fs、繰り返し周波数1kHz(注12))を入射したところ、波長157nmの真空紫外領域での第3次高調波を観測することに成功しました。さらに、その偏光状態を調べたところ、ほぼ入射偏光と逆回りの円偏光の状態となっていることが明らかになりました(図3)。
図3:フォトニック結晶ナノメンブレンに円偏光フェムト秒レーザーを入射した場合に生じる第3次高調波スペクトル。橙色は左回り円偏光成分、緑色は右回り円偏光成分を表す。(a)右回り円偏光入射(b)左回り円偏光入射。
これは、右回り円偏光を入射すると左回り円偏光の真空紫外光に変換され、一方、左回り円偏光を入射すると、右回り円偏光の真空紫外光に変換されることを示しています。また、これらの実験結果は、数値計算シミュレーションによっても再現することに成功しました。本手法で発生した真空紫外コヒーレント円偏光のフォトン数は、1パルスあたり約105個であり、分光への実応用が期待される強度を達成できていることがわかりました。
本研究の社会的意義・今後の展開
本研究で開発した真空紫外コヒーレント円偏光の発生手法は、市販のフェムト秒レーザーの光をフォトニック結晶に当てるだけで真空紫外円偏光に変換可能であるため、これまでの方法に比べて非常に簡便で、実験室のテーブルトップで実現可能であるという利点があります。そのため本手法は今後、円偏光レーザー光電子分光や生体分子円二色性イメージング用の真空紫外コヒーレント光源として、多くの研究で活用される可能性があります。例えば、新規スピントロニクス材料における電子スピン状態や、生体分子の凝集ダイナミクスなどの解明につながり、物質科学や生命科学の新しい展開に寄与することが期待されます。そのために今後、発生する真空紫外光強度のさらなる増大と、その発生メカニズムの解明を進めていきます。
*本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 さきがけ 「量子技術を適用した生命科学基盤の創出」研究領域 研究課題名「真空紫外コヒーレント光を用いた円二色性生体分光技術の開発」(JPMJPR18G6)平成30年度採択(研究者:小西 邦昭)、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(B)(18H01147)、文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)「先端レーザーイノベーション拠点」(JPMXS0118067246)、最先端の光の創成を目指したネットワーク研究拠点プログラム「先端光量子科学アライアンス」、センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム「コヒーレントフォトン技術によるイノベーション拠点」からの支援を受けて行われました。
発表雑誌
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雑誌名 Optica 論文タイトル Circularly polarized vacuum ultraviolet coherent light generation using a square lattice photonic crystal nanomembrane著者 Kuniaki Konishi*, Daisuke Akai, Yoshio Mita, Makoto Ishida, Junji Yumoto,Makoto Kuwata-Gonokami*
DOI番号 10.1364/OPTICA.393816論文URL https://doi.org/10.1364/OPTICA.393816
用語解説
注1 円偏光
光の進行方向に対して、電場が時間的に回転する状態の光のことを指す。光が向かってくる方向から見て電場が右回りであるものを右回り円偏光、左回りであるものを左回り円偏光と呼ぶ。キラリティー(注2)と呼ばれる特定の構造を持つ分子構造や、物質中の電子スピン(注3)は、左右の円偏光の吸収量が違う。そのため、円偏光の差分信号(円二色性信号)を観測することによって、分子構造や電子スピンの状態を調べることができる。 ↑
注2 キラリティー
3次元の構造が、鏡に映した形が元の形と重ならない性質のことをキラリティーと呼ぶ。鏡映対称の関係にあるそれぞれの構造は鏡像異性体の関係にあり、右手系、左手系と呼ばれて区別される ↑
注3 電子スピン
電子が持つ内部自由度の一つで、電子の自転運動に例えられることが多い。多数の電子スピンの向きがそろうと磁化が生じ、その物質は磁石として働く。 ↑
注4 真空紫外
波長200nm以下の光は真空紫外光と呼ばれる。この波長の光は、光の粒(光子、フォトン)が持つエネルギーであるフォトンエネルギーが大きいため、物質に照射すると、物質内部の電子が物質外に飛び出してくる。その飛び出してくる電子を詳しく調べることによって、物質内部の電子状態を直接調べることが可能となる(この手法は光電子分光法と呼ばれる)。特に、波長の短い真空紫外光を用いると、近年注目されているトポロジカル絶縁体などの新規物質の電子状態が観測可能となる。また、生体分子を構成する炭素の電子遷移のエネルギーは主に真空紫外領域に相当するため、真空紫外光を使えば多くの生体分子の性質を調べることができる。なお、電子遷移とは 物質中の電子が、光の吸収・放出などによって、あるエネルギー準位から異なるエネルギー準位ヘと移り変わることを指す。 ↑
注5 超短パルス光
光が光っている時間(パルス幅)が非常に短いピコ秒・フェムト秒以下の、パルス光のこと。ピコは10のマイナス12乗、フェムトは10のマイナス15乗を表す。 ↑
注6 コヒーレント光
レーザー光のように、波としての振幅、位相がそろっている光をコヒーレント光と呼ぶ。コヒーレント光は、その波長程度の極小領域に集光したり、パルス幅がフェムト秒オーダーの超短パルス光(注5)を生成したりできるという特徴がある。 ↑
注7 第3次高調波発生
レーザー光のような強い光を物質中に入射した場合に、入射光より高い周波数の光が発生する現象を高調波発生と呼ぶ。第3次高調波発生の場合は、入射光の3倍の周波数(波長は3分の1)の光が発生する。 ↑
注8
詳細は、下記文献と紹介記事を参照:
K. Konishi et. al., “Tunable third harmonic generation in the vacuum ultraviolet region using dielectric nanomembranes,” APL Photonics, 5, 066103 (2020) (Selected as Featured Article)、
英文紹介記事:https://aip.scitation.org/doi/10.1063/10.0001465 。 ↑注9 回転対称性
ある軸の周りに形や構造を回転させると、元の形や構造と一致する性質。n回回転対称性の場合、軸の周りに360/n度回転させると元の形と一致する。例えば、4回回転対称性の場合は、90度回転させると一致する。 ↑
注10
詳細は下記総説記事を参照:
K. Konishi et al, “Tunable and nonlinear metamaterials for controlling circular polarization” Journal of Applied Physics, 127, 230902 (2020). ↑注11
本研究の微細加工は、文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業の支援を受け(課題番号JPMXP09F18UT0057)、東京大学武田先端知ビルスーパークリーンルーム微細加工拠点(http://nanotechnet.t.u-tokyo.ac.jp)において、東京大学大学院工学研究科附属システムデザイン研究センター(d.lab、旧大規模集積システム設計教育研究センターVDEC)の管理する高速電子線描画装置(F7000S, Advantest)など、一連の公開装置を用いて行った 。 ↑
注12 繰り返し周波数
パルスレーザーが1秒間にいくつの光パルスを発生するかを示す。繰り返し周波数1kHzの場合は、1秒間に1000個の光パルスが放出される。 ↑
―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―