2020/06/10

シロアリにおける生殖虫分化:異性による生理調節機構の解明

 

小口 晃平(研究当時:東京大学大学院理学系研究科 博士課程大学院生)

杉目 康広(研究当時:北海道大学大学院環境科学院 博士課程大学院生)

下地 博之(関西学院大学理工学部 助教)

林 良信(慶應義塾大学 法学部専任講師(慶應義塾大学生物学教室))

三浦 徹(臨海実験所 教授)

 

発表のポイント

  • 社会性昆虫であるシロアリは、繁殖個体と非繁殖個体の間で分業が見られることが大きな特徴である。本研究では、雌雄の生殖虫が他個体の生理環境(体内の幼若ホルモン濃度)を操作することで、生殖虫への分化を調節していること、その効果は雌雄で異なること(性による非対称性)を突き止めた。
  • 真社会性の進化と性比の偏りとの関係性は古くから注目され、さまざまな理論的な研究がなされてきた。本研究では、シロアリのコロニーにおける繁殖個体の性比の偏りが、雌雄の生殖虫による幼若ホルモンを介した非対称的な制御により成り立つことを明らかにした。
  • 社会性生物は、繁殖/非繁殖など分業する個体の数や比率が厳密に保たれることで、協調的な社会を形成する。本研究は、シロアリが精巧な社会を形成するしくみを理解する上で重要な知見となることが期待される。

 

発表概要

真社会性昆虫は、一部の個体のみが繁殖を担い、他個体は不妊の労働カースト(ワーカー)として働く繁殖分業を最大の特徴とする。シロアリでは、雌雄の生殖虫(女王と王)がコロニー内に共存し、他個体のカースト分化に影響を与えることで、適切な生殖虫の数や比率を維持していると考えられてきたが、雌雄の生殖虫と他個体との関わりによるカースト分化決定機構の詳細は未知であった。

東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所の三浦徹教授を中心とした研究グループは、シロアリの巣内で生殖虫が失われたときに、本来は労働のみに従事するワーカーが繁殖個体へと脱皮する「補充生殖虫分化」(以下、「生殖虫分化」と表記)に着目した。この分化過程では、生殖虫の存在に応じてワーカーの生理状態が変化し、生殖虫へと分化する仕組みの存在が予想されてきた。シロアリでは、体内の幼若ホルモン(juvenile hormone: JH)(注1)の濃度変動がカースト分化運命を決定することが知られるが、生殖虫分化におけるJHの機能については未知であった。そこで本研究では、オオシロアリHodotermopsis sjostedtiを用い、雌雄の生殖虫と同居させたワーカーの生理状態がどのように変化し、カースト分化運命を決めるのか実験・分析を行なった。

飼育実験の結果、オス生殖虫によるメス生殖虫分化の促進効果は、その逆(メス生殖虫によるオス生殖虫分化)よりも明らかに強く効いており、脱皮までの期間が短縮されることで、速やかなメス生殖虫分化が実現されていることが明らかとなった。そしてこの促進効果は、オス生殖虫がメスワーカーの体内JH濃度を低下させることで実現させていることを明らかにした。このことは、メス生殖虫分化が誘導されるはずのオス生殖虫の存在下のワーカーにJH類似体(注2)を投与した結果、ワーカーの脱皮期間が延び、生殖虫分化が阻害されたことからも支持された。このように、シロアリの生殖虫分化の裏には、オス生殖虫がメスワーカーのJH濃度を操作することでメス生殖虫分化を促進する機構が存在し、その結果メスに偏った生殖虫の性比が実現していることが強く示唆された。

 

発表内容

真社会性昆虫のシロアリは、繁殖個体と繁殖せず労働に従事する不妊個体の間で行われる繁殖分業を最大の特徴とする。シロアリのコロニーには、兵隊、ワーカー、生殖虫(女王や王)などの役割に特化した個体である「カースト」が存在し、カースト間の分業により複雑で巨大なコロニーの調和を保っている(図1)。

図1:オオシロアリのカースト分化経路

 

これらのカーストへの分化は、個体同士のコミュニケーションによって制御され、コロニー内のカースト比を適切に維持している。しかし、個体同士のコミュニケーションがどのように個体の発生運命を決め、カーストが分化するのかそのしくみの多くが謎に包まれていた。これまでに、昆虫の脱皮や変態を制御する幼若ホルモン(JH)の濃度変動が、カースト決定に重要な役割を果たすことが示唆されてきた。しかし、生殖虫分化を誘導する手法が確立していなかったため、繁殖分業を実現させる生理機構は未解明であった。

 

研究内容
東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所の三浦徹教授を中心とした研究グループは、シロアリにおいて巣内に生殖虫が存在しなくなったとき(生殖虫が死亡したときなど)に、労働に従事するワーカーが生殖虫へと分化する現象に着目した。当研究グループはこれまでに、オオシロアリHodotermopsis sjostedti のコロニーにおいて、メスワーカーの生殖虫への分化は、メス生殖虫の存在により抑制され、またオス生殖虫の存在により促進される効果が存在することを明らかにしている(Shimoji et al., 2017)。そこで、本研究では、雌雄の生殖虫が、ワーカーの生殖虫分化をどのように制御するのかに着目し、雌雄の生殖虫存在下でのワーカーの飼育観察(特に脱皮までに要する期間に着目)と、ワーカーの体液中のJH濃度の動態について、実験・分析を行なった。

まず、生殖虫分化の経時変化を明らかにするために、雌雄の生殖虫存在下でのワーカーの形態変化や脱皮までの期間を観察した。その結果、生殖虫と同居した同性のワーカーからの生殖虫分化は抑制されることが明らかとなった(図2 A)。一方、雌雄の生殖虫が単独の場合、同居した異性のワーカーの生殖虫分化は促進された(図2 A)。この「生殖虫による異性の生殖虫分化の促進効果」は、メス生殖虫によるオスワーカーからの生殖虫分化促進作用に比べて、オス生殖虫によるメスワーカーからの生殖虫の分化促進作用の方が圧倒的に強いことが明らかとなった(図2 A, B)。

図2:(A) 雌雄のワーカーが生殖虫に分化した割合。異なるアルファベットは有意な差を示す(GLMM, p < 0.05)。(B)雌雄の生殖虫による生殖虫分化の非対称な制御。点線は促進効果が弱いことを示す。

 

また、オス生殖虫により生殖虫分化が強く促進されたメスのワーカーは、実験処理後約7日目に脱皮の兆候を示した。このことから、ワーカーのカースト分化運命は実験開始後7日目までに決まると考えられ、この期間にカースト分化運命を決める生理変化が起こるはずである。

そこで次に、雌雄の生殖虫と同居させたメスワーカー体内のJH濃度を、カースト分化運命が決まるまでの期間(誘導開始後7日間)継時的に測定した。その結果、メスワーカーのJH濃度は、オス生殖虫単独の場合に低く維持される一方で、メス生殖虫の存在下では顕著に上昇することが明らかとなった(図3 A)。これにより、オスの生殖虫は、メスワーカーのJH濃度を低下させることによって生殖虫への分化を強く促進する可能性が示唆された。この可能性を確かめるために、オス生殖虫の単独存在下においてメス生殖虫への分化が誘導されるはずのメスワーカーにJH類似体を投与したところ、ワーカーの卵巣発達や形態変化が起きず、生殖虫分化が阻害された(図3 B)。これにより雌雄の生殖虫による非対称的な生殖虫分化の制御は、ワーカー体内のJH濃度を介して制御されていることが示唆された。

図3:(A) 実験処理後のメスワーカーの体内JH量。異なるアルファベットは有意な差を示す(Tukey’s test, p < 0.05)。(B)JH類似体投与による生殖虫分化率 (Fisher’s exact test, p < 0.05)。

 

社会的意義
本研究では、シロアリのコロニーにおいて雌雄の生殖虫が、生殖虫分化を巧妙に調節することにより、コロニー内の性比の非対称性を実現させていること、さらにそれが体内のJH濃度を介して行われていることを突き止めた。この分化調節では、特にオス生殖虫がメス生殖虫分化を強く促進する効果あることを発見した。このような雌雄の生殖虫による非対称的な制御は、メスの生殖虫の割合を高め、産卵数を増やし、コロニーの拡大に寄与する生態学的な意義があると推測される。進化生態学においては、ダーウィン以来の謎である「真社会性における不妊個体の進化」に関連して、包括適応度(注3)や局所的配偶者競争(注4)などの生態学的な要因により、コロニー内の性比の偏りが生じていると説明している。本研究では、それらの社会進化理論に関する性の非対称性が、コロニー内の個体のJH濃度を制御することによって成立するという生理機構を示すことに成功した。シロアリにおいて雌雄の関わりがいかにして精緻な社会性を維持するのか、その至近的な仕組みを解明した本研究は、社会性の進化の解明に役立つことが期待される。

 

発表雑誌

雑誌名 Scientific Reports
論文タイトル Male neotenic reproductives accelerate additional differentiation of female reproductives by lowering JH titer in termites
著者 Kohei Oguchi, Yasuhiro Sugime, Hiroyuki Shimoji, Yoshinobu Hayashi, Toru Miura*
DOI番号 10.1038/s41598-020-66403-0
アブストラクトURL https://www.nature.com/articles/s41598-020-66403-0

 

用語解説

注1 幼若ホルモン(JH)

昆虫の脱皮や変態を司るホルモンのひとつ。幼虫時期を維持する役割がよく知られるが、他にも多様な機能を持つ。

注2 JH類似体

JHに似た人工的に合成された分子。

注3 包括適応度

適応度とは、個体が生涯で生んだ子のうち、繁殖可能年齢まで生き残った子の数である。包括適応度は、自分が生んだ子を通じて得られる適応度に、血縁者を助けることで増えた間接的な適応度を足し合わせた適応度である。

注4 局所的配偶競争

メスに偏った性比を説明する理論。局所的な環境では、生まれたオス同士が配偶相手をめぐって競争するため、メスに偏った性比が有利となる。

 

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―