2020/04/22

方位が重要:最高の実用透明電極の作り方

 

福本通孝 (化学専攻 博士課程3年生)

中尾祥一郎 (化学専攻 特任研究員/ 地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所
(旧公益財団法人神奈川科学技術アカデミー)常勤研究員(研究当時))

廣瀬 靖(化学専攻 准教授)

長谷川 哲也(化学専攻 教授)

森河 和雄(地方独立行政法人東京都立産業技術研究センター 主任研究員(研究当時))

小川 大輔(地方独立行政法人東京都立産業技術研究センター 副主任研究員)

重松 圭(東京工業大学科学技術創成研究院フロンティア材料研究所 助教)

 

発表のポイント

  • 実用透明電極(注1)材料である酸化スズ(注2)薄膜で本系における過去最高の移動度(注3)を達成し、その値がほぼ理論上限値である事を示しました。
  • 成長方位が移動度に大きな影響を与えている事を初めて明らかにしました。
  • 赤外光を利用する次世代太陽電池の変換効率向上に寄与すると期待されます。

 

発表概要

酸化スズは透明電極として半世紀以上実用に使われている酸化物半導体です。しかしながら、その移動度は10~40 cm2V-1s-1と物質本来の値より遥かに低い値しか報告されていませんでした。今回、東京大学大学院理学系研究科化学専攻の長谷川哲也教授、廣瀬靖准教授、中尾祥一郎特任研究員(研究当時)、福本通孝大学院生らの研究グループは、神奈川県立産業技術総合研究所(旧公益財団法人神奈川科学技術アカデミー)、東京都立産業技術研究センター、東京工業大学と共同で、高品質な酸化スズ単結晶薄膜を系統的に合成しました。その結果、成長方位が移動度に大きな影響を与えている事を明らかにし、本系における過去最高の移動度130 cm2V-1s-1を達成する事に成功しました。更にこの値が、物質本来の上限値である事を示しました。一般的な透明電極は可視光を透過する一方で赤外線は反射してしまいますが、高移動度化によって赤外線に対しても透明な電極を作製出来る事が知られています。今回の発見は赤外光を利用する次世代太陽電池の変換効率向上に寄与すると期待されます。

 

発表内容

酸化スズはガスセンサーや透明電極として半世紀以上実用に使われている代表的な酸化物半導体です。特に透明電極としてはガラス基板上の多結晶薄膜として大量生産され、薄膜シリコン太陽電池などに使用されています。しかしながら、これらの実用薄膜の移動度(以下、移動度は全て室温の値)は10~40 cm2V-1s-1程度と低い値となっています。更に基礎研究における高品質な単結晶薄膜においても移動度の報告例は100 cm2V-1s-1程度に限られていました(図1、灰および黒シンボル)。その一方、バルク単結晶における移動度の最大値は260 cm2V-1s-1であり(図1、青シンボル)、薄膜では材料本来のポテンシャルが発揮されていない状況でした。

図1:酸化スズの室温における移動度の比較。バルク単結晶(青シンボル)における報告例は最高で260 cm2V-1s-1に達する一方、薄膜における報告例(灰および黒シンボル)は100 cm2V-1s-1程度に限られている。本研究で作製した(001)配向薄膜(赤シンボル)は最高値130 cm2V-1s-1を示し、酸化スズ薄膜の中では過去最高の移動度を誇る。この値は、格子振動(黒破線)およびドーパントによるイオン化不純物(黒実線)という原理的に減らすことが不可能な因子を考慮した移動度の理論上限(緑実線)と電子濃度1 × 1020 cm-3以上でよく一致する。

 

今回、パルスレーザー蒸着法(注4)で二酸化チタン(001)単結晶基板(注5)上に高品質な(001)配向の酸化スズ単結晶薄膜を作製し、その移動度を調べました。透明電極としては電子濃度も重要ですが、ドーパント(注6)としてタンタルを添加し電子濃度を系統的に変化させました。得られた薄膜の移動度(図1、赤シンボル)は電子濃度の上昇と共に急速に上昇し、電子濃度~1 × 1020 cm-3において、最高値130 cm2V-1s-1を示しました。この移動度は過去の酸化スズ薄膜の報告例(図1、灰および黒シンボル)の中では最高の値であり、同程度の電子濃度のバルク単結晶にも比肩するものです。移動度を決める因子として格子振動、イオン化不純物、転位、粒界、中性不純物などが知られています。この中でも格子振動とドーパント由来のイオン化不純物による散乱は原理的に減らす事が出来ない因子であり、移動度の上限を決めます。この移動度の上限の計算値(図1、緑線)は、実験値の高電子濃度側(電子濃度1 × 1020 cm-3以上)でよく一致し、今回作製した酸化スズ薄膜が高電子濃度側で移動度の理論上限に到達している事が分かりました。すなわち薄膜でも材料本来のポテンシャルを最大限に引き出す事が可能である事を実証しました。

酸化スズ単結晶薄膜における移動度の抑制因子はこれまで不明でした。今回、(001)配向の薄膜において理論上限の高移動度が得られた事から、次のようなモデルを考案しました。酸化スズは単結晶基板と薄膜との格子不整合(注7)から{101}面欠陥(注8)が生成する事が知られています。この面欠陥が基板界面から薄膜表面まで伝搬し、粒界散乱として働いている可能性が(101)配向の薄膜の過去の研究において指摘されています。本研究で作製した(001)配向では{101}面欠陥が最も浅い角度(34°)で生成する事から、その伝播を抑制する事が期待出来ます。実際に透過型電子顕微鏡で観察すると、面欠陥は予想通り成長初期(基板界面から30 nm程度)で消失していました(図2)。更に、さまざまな種類の単結晶基板上でさまざまな方位の酸化スズ薄膜を合成しました(図3)。

図2:(a)面欠陥が生成する{101}面と薄膜成長面とのなす角度θ。さまざまな低指数面の中でも(001)面がもっとも浅い角度となる。(b) 移動度130 cm2V-1s-1を示す薄膜の透過型電子顕微鏡像。{101}面欠陥(矢印)の伝搬は基板から30 nm程度で停止し、消失している。

 

図3: さまざまな種類(赤:二酸化チタン基板。青:サファイア基板)および面方位の基板の上に作製した酸化スズ薄膜の移動度の膜厚依存性。酸化スズ薄膜の移動度は基板の種類にあまり依存せず、薄膜の面方位(図中に表示)に強く依存する。移動度は(001), (101), (110), (100)配向の順番に低下するが、これは{101}面欠陥と成長面のなす角度の順番(図2(a))と対応し、{101}面欠陥が移動度に支配的な影響を与えている事を強く示唆する。

 

その結果、移動度は基板種類によらず成長方位によってほぼ決まっている事、また移動度は(001), (101), (110), (100)配向の順番に低下する事が分かりました。この順番は{101}面欠陥が成長面となす角が増加する順番でもあり、{101}面欠陥が移動度を支配している事を強く示唆するものです。このモデルの検証にはさらなる薄膜構造の詳細な研究が必要ですが、少なくとも(001)配向が高移動度化に有利である事は実験的に明確になりました。

今回の研究は酸化スズ薄膜の作製に高価な単結晶基板を用いているため、そのままでは実用に用いる事は困難です。しかしながら、薄い結晶性に優れた層(シード層)を最初に堆積する事で安価なガラス基板上でも単結晶基板上と同等の特性が得られる事が分かっています。現在はガラス基板上において(100)および(110)配向が実現していますが、(001)配向を可能にするシード層を開発する事が今後の実用化への道筋となります。

現在、太陽電池の開発の一つの大きな流れは近赤外光の有効利用です。その際、透明電極にも赤外の透明性が要求されます。赤外透明性は低電子濃度化および高移動度化によってのみ実現可能であり、今回の発見は近赤外光を利用する次世代太陽電池の変換効率向上に寄与すると期待されます。

 

発表雑誌

雑誌名 Scientific Reports 
論文タイトル High mobility approaching the intrinsic limit in Ta-doped SnO2 films epitaxially grown on TiO2 (001) substrates
著者 Michitaka Fukumoto, Shoichiro Nakao *, Kei Shigematsu, Daisuke Ogawa, Kazuo Morikawa, Yasushi Hirose, and Tetsuya Hasegawa*
DOI番号
論文URL https://doi.org/10.1038/s41598-020-63800-3

 

用語解説

注1 透明電極

高い可視光透明性と電気導電性を併せ持つ材料である透明導電体を用いた電極。透明導電体としては縮退領域までドーピングした広ギャップ酸化物半導体がもっとも広く用いられている。典型的な材料はスズ添加酸化インジウム(ITO)やフッ素添加酸化スズ(FTO)などである。

注2 酸化スズ

SnO2という化学組成とルチル構造の結晶構造を持つ広ギャップ酸化物半導体。アンチモンやタンタル、フッ素の添加により高い導電性を示す。薄膜の形で80%以上の可視光透過率と10~100 Ωsq-1程度の導電性を持つ。他の物質より化学的な耐久性、大気中高温での安定性に優れる事が特長であり、特に太陽電池 (色素増感、ペロブスカイト、薄膜シリコン)の透明電極として広く使われている。

注3 移動度

電場によって電子や正孔が固体中を移動するときの移動のしやすさを表す値。半導体の性能を表す最も重要な値の一つである。透明電極応用においては、この値が高いほど導電性と透明性の両方を同時に向上する事が出来る。

注4 パルスレーザー蒸着法

短いパルス幅のレーザーを薄膜の材料に照射することで瞬間的に蒸発・昇華させて基板上に堆積させ薄膜を作製する手法。工業的な成膜方法であるスパッタ法に比べて効率的に最適条件の探索が可能である。その一方、スパッタ法と同じく物理気相成長法であり、薄膜の成長様式が近いことから、得られた知見をスパッタ法に展開する事が可能である。

注5 二酸化チタン(001)単結晶基板

二酸化チタンはさまざまな面方位の単結晶基板が市販されており、酸化スズと同じルチル構造である事から、酸化スズ薄膜の作製に好適である。同じ結晶構造であるので酸化スズ薄膜は基板と同じ原子配列で成長し、基板の面方位と薄膜の面方位は等しくなる。

注6 ドーパント

半導体の導電性は価数の異なる他元素を添加(置換)する事で制御することが出来る。この他元素をドーパントと呼ぶ。本研究の酸化スズにおいては4価のスズを5価のタンタルで置換する事で伝導電子を結晶中に導入している。ドーパントはキャリア濃度の増加による導電性の上昇をもたらす一方、イオン化不純物散乱の散乱中心としても働き移動度を減少させる。

注7 格子不整合(AFM)

結晶を構成する原子は固有の原子間隔で配列している。これを格子定数と呼び、組成元素が異なると格子定数も変化する。基板と薄膜が異なる物質の場合は通常この格子定数が一致せず、これを格子不整合と呼ぶ。

注8 {101}面欠陥

格子不整合はさまざまな乱れを結晶中に引き起こす。酸化スズにおいては、まず刃状転位が生成し、そこを起点に(101)面に面状欠陥(せん断面)が生成する事が知られている。正方晶である酸化スズにおいては(101)面には等価な面(例えば(011)面など)が存在するので、等価な面を全て含めて{101}面と表記する。

 

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―