2020/03/17

世界初!光スイッチング効果を示す超イオン伝導体を発見

 

大越 慎一(化学専攻 教授)

中川 幸祐(化学専攻 特任助教)

井元 健太(化学専攻 特任助教)

所 裕子(筑波大学数理物質系 教授)

小峯 誠也(化学専攻 博士研究員)

吉清 まりえ(化学専攻 特任助教)

生井 飛鳥(化学専攻 准教授)

発表のポイント

  • 光スイッチング効果を示す超イオン伝導体を世界で初めて発見しました。
  • この超イオン伝導体は、超イオン伝導性と極性結晶構造が共存しているために、第二高調波発生も示すことを明らかにしました。
  • 超イオン伝導体は、全固体電池の固体電解質として用いられています。光でイオン伝導度がスイッチングできる本物質の性質を使えば、将来、電池のON/OFFを光で行うことができるようになると期待されます。

 

発表概要

東京大学大学院理学系研究科の大越慎一教授の研究グループは、光スイッチング効果を示す超イオン伝導性極性結晶を発見しました。この結晶は鉄-モリブデンシアノ骨格錯体にセシウムイオンを含んだ3次元ネットワークで構成される極性結晶構造(注1)の物質です。この物質は318 K (45 °C)において4 × 10−3 S cm−1 という高いイオン伝導度を示し、超イオン伝導体(注2)であることがわかりました。本物質に、室温において532 nmの光を照射したところ、イオン伝導性が1×10−3 S cm−1 から 6×10−5 S cm−1へ可逆的に変化し、イオン伝導性の光スイッチング効果が観測されました。また、自発電気分極(注3)により第二高調波発生(SHG)(注4)を示す超イオン伝導体でした。光応答性および SHG活性を示す超イオン伝導体はこれまでに例のない物質であり、燃料電池の電解質の機能提案につながることが期待されます。光でイオン伝導度がスイッチングできる本物質の性質を使えば、将来、電池のON/OFFを光で行うことができるようになると期待されます。

本研究成果は、日本時間2020年3月17日(火)にNature Chemistry(ネイチャー・ケミストリー)のオンライン版で公開されました。また、表紙に掲載される予定です。

 

発表内容

イオン伝導体は、燃料電池、リチウムイオン電池や化学センサなど、さまざまな用途で使用されています。イオン伝導度が10−4 S cm−1を超える高い伝導性を持つ固体材料を超イオン伝導体と呼びます。本研究において、発表者らは、光スイッチング効果を示す超イオン伝導性極性結晶を開発しました。この結晶は、鉄-モリブデンシアノ骨格錯体にセシウムイオンを含んだ3次元ネットワークで構成されるセシウム-鉄-モリブデンシアノ錯体(Cs1.1Fe0.95[Mo(CN)5(NO)]·4H2O)という青色の物質です(図1a,b)。結晶構造解析の結果、正の電荷をもつセシウムイオンと負の電荷をもつ鉄-モリブデンシアノ骨格の重心のずれにより自発分極を有する極性結晶であることがわかりました(図1c)。また、ネットワークを構築するニトロシル(NO)基の酸素原子と水分子からなる1次元の水素結合ネットワークが存在していることも明らかとなりました(図1d)。

図1 : 本研究で開発した鉄-モリブデンシアノ骨格錯体にセシウムイオンを含んだ3次元ネットワークの(a)結晶構造、および、(b) 試料の外観。(c)電気分極の様子。鉄-モリブデンシアノ骨格内におけるセシウムイオンの配置を示しており、矢印で示したように自発電気分極を有する。(d) 一次元水素結合ネットワークによるプロトン伝導チャンネル。

 

イオン伝導性測定の結果、45 °Cで相対湿度100%におけるイオン伝導度は4.4 × 10−3 S cm−1と非常に高く、超イオン伝導体に分類されることがわかりました。この超イオン伝導は、ニトロシル基と水分子が形成した水素結合ネットワークを介してバケツリレーのようにプロトン(H+)が運ばれるメカニズムで生じていることが示唆されました。

本物質のセシウム-鉄-モリブデンシアノ錯体は、光応答性が期待されるニトロシル基を含んでいるため光照射実験を行いました。湿度が制御された容器内で錯体に532 nm光を照射したところ、イオン伝導度は1.3×10−3 S cm−1から6.3×10−5 S cm−1へと二桁も低下しました(図2)。

図2 : イオン伝導度の光スイッチング. 左上は、光照射実験の概略を示している。下のグラフは、光照射前(灰色、左のグラフ)および532 nm光照射直後(赤色、右のグラフ)に測定したCole–Coleプロット(注7)を示している。イオン伝導度は時間とともに光照射前の値に戻る(青、左のグラフ)。青色および赤色の半円はフィッティング曲線である。右上は、イオン伝導度の光スイッチングの繰り返し特性である。

 

一方、光照射後、時間経過にともない超イオン伝導は回復しました。このような超イオン伝導体の光スイッチング現象の観測は、本研究が世界で初めてです。この光スイッチング現象は、モリブデンイオンとニトロシル基の結合角度が光照射で可逆的に変化する光異性化現象(注5)に起因しており、結合角度の変化により水素結合ネットワークが一部切断されることで、超イオン伝導を担っているプロトン伝導度が低下したものと考えられます。

また、本物質は通常は共存しない超イオン伝導性と極性結晶構造が共存する材料であることが分かりました。強誘電体や焦電体(注6)などの極性結晶は、電気分極を有する誘電体(伝導率が10−8 S cm−1以下)に分類され、電気抵抗の観点から超イオン伝導性と極性結晶構造は単一の材料には現れないため、その機能性に興味が持たれます。そこで、二次の非線形光学効果の一つである第二高調波発生(SHG)の検討を行いました。1040 nmのレーザーを試料に照射したところ、波長が半分の520 nmの光の出射が観測され、SHG出射が確認されました(図3)。SHG顕微鏡によっても個々の粒子からSHGが観測されています。

図3 : (a) 二次の非線形光学効果の一つである第二高調波発生(SHG)測定の模式図。(b) SH光強度 の入射光強度依存性。実線は、入射光強度の二乗に比例する関数でフィッティングした結果である。 挿図は、両対数プロットであり、挿図内の実線は、傾き2の直線によるフィッティングである。フィッティングの結果により、SHGの出射が示されている。(c) SHG顕微鏡により観察したSHG出射の様子。

 

本研究は、全固体電池の固体電解質としての機能提案を念頭に行われました。光でイオン伝導度がスイッチングできる本物質の性質を使えば、将来、電池のON/OFFを光で行うこともできるようになると期待されます。

本研究成果の一部は、日本学術振興会科学研究費補助金特別推進研究(No. 15H05697)による支援を受けて行われました。

 

発表雑誌

雑誌名 Nature Chemistry
論文タイトル A photoswitchable polar crystal that exhibits superionic conduction(Cover picture)
著者 Shin-ichi Ohkoshi*, Kosuke Nakagawa, Kenta Imoto, Hiroko Tokoro, Yuya Shibata, Kohei Okamoto, Yasuto Miyamoto, Masaya Komine, Marie Yoshikiyo, Asuka Namai
DOI番号 10.1038/s41557-020-0427-2

 

用語解説

注1 極性結晶

外から電界を与えなくても自発的な分極を有している結晶のこと。焦電体とも呼ばれる。

注2 超イオン伝導体

イオンが電気を輸送する伝導体のうち、電解質水溶液の伝導率に匹敵する10−4 S cm−1を超える高い伝導率を示す物質を、超イオン伝導体と呼ぶ。

注3 自発電気分極

極性結晶では、外部から電界がかけられなくても、プラスの電荷を有する部分とマイナスの電荷を有する部分に偏りが生じており、電気分極を有する。これを自発分極と呼ぶ。

注4 第二高調波発生(SHG)

物質にある波長の光を当てたとき、光の周波数が二倍、すなわち半分の波長の光が物質から出射される現象。

注5 光異性化

構成する原子の数を保ったまま、構造(原子のつながり方)が変化することを異性化というが、この反応が光エネルギーによって起こること。

注6 強誘電体および焦電体

極性結晶は焦電体とも呼ばれるが、中でも、外部電圧の極性を反転させることで自発分極の向きを可逆的に反転できる物質を強誘電体と呼ぶ。

注7 Cole–Coleプロット

さまざまな周波数で測定したインピーダンス (Z) を複素平面に図示したもので、横軸に実部(Z’)、縦軸に虚部(Z”)をプロットした図を指す。測定対象がコンデンサ成分を含む場合、プロットは半円を描き、横軸を横切る点が伝導度の逆数である抵抗値に相当する。

 

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―