水族館で、人知れず15年も飼われていた新種!
―チュラウミカワリギンチャクSynactinernus churaumi
泉 貴人(生物科学専攻 博士課程3年生)
藤井 琢磨(鹿児島大学国際島嶼教育研究センター 特任助教)
柳 研介(千葉県立中央博物館分館海の博物館 主任上席研究員)
藤田 敏彦(生物科学専攻 併任教授)
発表のポイント
- 沖縄美ら海水族館で約15年間飼育されていたヤツバカワリギンチャク科のイソギンチャクを、クローバーカワリギンチャク属の未記載種と同定し、チュラウミカワリギンチャクという和名で新種記載した。
- チュラウミカワリギンチャクは、101年ぶりに記載された本属の種(2種目)である。また本研究では無人潜水艇ROVを用いた生態の観察等、科のレベルで初めての試みが行われた。
- 水族館には、種類の不明な生き物が飼育・展示されていることも多い。今回のように研究者が提携することで、学術上重要な発見があると共に、水族館の展示もより充実することが期待される。
発表概要
沖縄美ら海水族館(沖縄県本部町)の予備水槽(注1)において飼育されていたヤツバカワリギンチャク科のイソギンチャクは、15年間その種が判別されていなかった。これは、イソギンチャク類の種同定には研究者による特殊な分析作業(注2)を必要とするためである。
今回、東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻の泉貴人大学院生らのグループが本種の分類を試みた結果、本種はクローバーカワリギンチャク属(新称)の未記載種と判明したため、当グループは本種を新種「チュラウミカワリギンチャク Synactinernus churaumi」として記載した。本属は101年前に設立されて以来、長らく1属1種であったため、約1世紀ぶりに2種目が発見されたこととなった。
水族館には日夜、種はおろか属や科も分からない種が多数搬入されており、飼育・観察が試みられている。その中には、未記載種や世紀を跨いで採集された種など、著しく貴重な生物が混ざっていることが予想される。今回のチュラウミカワリギンチャクの新種記載は、研究者と水族館が提携して研究成果を挙げた好例となった。
発表内容
① 沖縄美ら海水族館の予備水槽に、体長20cmにもなる大きなイソギンチャク(図1a)が飼育されている。本種は当館所有の無人潜水艇ROV (注3)で2004年に石垣島沖より採集されて以来、15年以上も飼育されてきた。しかし、イソギンチャク類の同定は専門家による標本の分析や海外の博物館等に所蔵されている古い標本群との比較等、多岐にわたる作業が必須であるため、本種は「ヤツバカワリギンチャク科の1種」ということしか分かっておらず、属・種の同定には至っていなかった。
図1:a:チュラウミカワリギンチャクSynactinernus churaumi sp. nov.。b:同属種のクローバーカワリギンチャクSynactinernus flavus Carlgren, 1918。スケールバーは約5 cm。ともに沖縄美ら海水族館の水槽において撮影(a:沖縄美ら海水族館提供)。
ヤツバカワリギンチャク科は、刺胞動物門花虫綱イソギンチャク目に属するグループである。体内の隔膜の配列が特殊であり、かつ口盤の縁が大きく波打つ種が多いのが特徴である。本科は4属7種が知られていたが、そのうちクローバーカワリギンチャク属Synactinernusに関しては、「ヨツバカワリギンチャク属Isactinernusの新参異名(注4)にあたり無効である」という説が2003年に提唱されており、分類が混乱している状態であった。
② 東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻の泉貴人大学院生、藤田敏彦併任教授、鹿児島大学国際島嶼教育研究センターの藤井琢磨特任助教、千葉県立中央博物館分館海の博物館の柳研介主任上席研究員、沖縄美ら海水族館の東地拓生深海展示係(技師)から成る研究チームは、本イソギンチャクの形態の分析・分子系統解析を行うとともに、海外の博物館に収蔵されている標本の調査やROVを用いた生態調査を実施した。
その結果、本種は18S rDNAを用いた分子系統解析の結果から、クローバーカワリギンチャクSynactinernus flavus(図1b)と近縁の種であるとされた。本種は隔膜配列や触手の形態などにおいてクローバーカワリギンチャクと類似する点も多いが、以下のような明確な形態の差異が見受けられた。
・著しく大きな体長(クローバーカワリギンチャクは5cmを超えないのに対し、本種は20cmに達する)
・口盤の縁が完全に8葉に発達すること(クローバーカワリギンチャクは不完全な8葉にしかならない)
・触手の本数が多い(本種は300本~400本にもなるのに対し、クローバーカワリギンチャクは200本ほど)
よって、分子系統解析と形態観察を総合し、本種をクローバーカワリギンチャク属の未記載種と結論付けた。
さらに、同解析の結果から、クローバーカワリギンチャク属のクレード(クローバーカワリギンチャクと本未記載種が含まれる)はヨツバカワリギンチャク属とは離れた系統に位置することを確認した(図2)。
図2:ヤツバカワリギンチャク科の系統樹
チュラウミカワリギンチャクは、クローバーカワリギンチャクと単系統を成すため、同属の種であると言える。そしてクローバーカワリギンチャク属のクレードは、ヨツバカワリギンチャク属と離れた系統に位置したため、独立した属と証明された。なお、※を記した標本は、GenBankに登録された種名こそヨツバカワリギンチャクIsactinernus quadriloabtusであるが、本解析の結果より、正しくはクローバーカワリギンチャクSynactinernus flavus であったことが予想される。使用領域は18S rDNAの1623塩基対、最尤法とベイズ法により樹を構築。ノード上の数字はブートストラップ値/事後確率の順に示す。
また、形態の観察により、クローバーカワリギンチャク属は、ヨツバカワリギンチャク属とは完全隔膜の枚数や触手の形態により明確に区別できることを明らかにした。よって、2003年に提唱された本属が新参異名であるという扱いは誤りであると示されたため、本研究にてクローバーカワリギンチャク属を16年ぶりに復活させた。
クローバーカワリギンチャク属は1918年に記載されて以来1属1種であったため、本種は約1世紀ぶりに記載されたクローバーカワリギンチャク属の新種(2種目)となった。今回の論文では、本種を新種「チュラウミカワリギンチャクSynactinernus churaumi」(和名および種小名は水族館の名前に因む)として記載するとともに、本種を含むように属の定義も改訂した。
本種は、沖縄島沖の水深300m付近の岩場に群れを成して棲息していることが、ROVを用いた調査によって確認されている(図3)。ヤツバカワリギンチャク科のイソギンチャクは漸深海から深海にかけて生息しているため、その観察は難しく、生体を自然下で撮影した映像は学術的にも極めて貴重である。
図3 : ROVによって撮影された、沖縄島沖水深300m付近の映像。海底の岩の上に、チュラウミカワリギンチャクが群れている(沖縄美ら海水族館提供)。
③ 水族館は博物館などと比べ、一般向けの施設というイメージが強いが、最近は学術における重要な役割にもスポットライトが当たりつつある。というのも、水族館は、水族館自身の採集産物や漁師の混獲物などの多様な生物を日夜搬入している。その中には、今回のように新種や数百年ぶりに採集された希少種など、研究者が滅多に手に入れられない種がしばしば含まれている。しかし、水族館側では大多数の生物の分類は難しく、研究者の観察・分析により初めて種類が分かる生物も多いのが現状である。よって、今回のように水族館と研究者が提携することで初めて、学術的に貴重な発見がなされるとともに、その研究成果を水族館に還元することが出来ると期待される。また、飼育や採集を専門に行う水族館は、研究者の持たないプロ特有の知識・ノウハウを多数所持している。今回は、沖縄美ら海水族館自身のROVによる深海調査や、イソギンチャクの不明種を10年以上も飼育する技術により、貴重な生体を観察することができた。これは、チュラウミカワリギンチャクの新種記載や新たな生態の発見において非常に大きな意味をもつものであった。
最近になって、水族館とのコラボレーションによる成果が世の中に出始めている。実際に、先に新種記載されたテンプライソギンチャク(注5)は既に鳥羽水族館の展示の目玉となるとともに、展示水槽での観察により、また新たな生態が明らかになった。
本研究に用いたチュラウミカワリギンチャク及びクローバーカワリギンチャクの一部は、沖縄美ら海水族館の水槽で今も生きており、今後は展示に生かされるとともに、本種の更なる生態が解明されることが期待される。今後は、イソギンチャクのみならず他の動物群でも、このような新時代の研究が進むことが期待される。
発表雑誌
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雑誌名 Zoological Science 論文タイトル Redescription of Synactinernus flavus for the First Time After a Century and Description of Synactinernus churaumi sp. nov. 著者 Takato Izumi*, Takuma Fujii,. Kensuke Yanagi, Takuo Higashiji, Toshihiko Fujita DOI番号 doi:10.2108/zs190040
論文URL https://doi.org/10.2108/zs190040
用語解説
注1 予備水槽
水族館には展示水槽の他に、バックヤード(一般客立ち入り禁止の、水族館の裏側にある場所)にも水槽があり、主に生物の病気の治療や展示の準備などに用いられる。飼育員の観察のみでは種名が分からない生物は、予備水槽で飼われていることが多い。↑
注2 特殊な分析作業
イソギンチャクは、外見のみで種同定を行うことが不可能である。種を同定するには、パラフィンワックスに封入し、ミクロトーム(薄切機)でミクロン単位まで薄く切ったサンプルを作ったり、微分干渉顕微鏡を用いて刺胞の種類・構成を観察する等、特殊な作業を行わなければならない。↑
注3 無人潜水艇ROV
Remotely operated vehicleの略であり、船上から無人探査機を操縦することで深海を調査する手法。研究用のROVでは、映像の撮影やマニピュレーター・スラープガン等の器具による生物の採集が可能であり、チュラウミカワリギンチャクはこの方法で採集された。↑
注4 新参異名
ある種(属)において、その名称が成立するよりも前に成立した別の種(属)と同一であると判明した時、新しい方の名称は新参異名(ジュニアシノニム)とされ、原則的に用いられなくなる。今回は、「Synactinernus属という名称の属はIsactinernus属と同じものを指す」との提唱がなされた結果、全ての名前がIsactinernus属に統一された、ということである。↑
注5 テンプライソギンチャク
2018年に泉らにより記載されたイソギンチャクの新属新種で、同骨海綿類の1種と共生する。記載後、鳥羽水族館で飼育・展示が行われており、その過程で本種の無性生殖や新たな共生の成立など、生態学的に重要な発見が続いている。↑
―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―