2019/11/02

遺伝子発現を制御するマイクロRNAによるサイレンシング効率を機械学習で解明

 

田 申(生物科学専攻 修士課程2年(研究当時))

寺井 悟郎(大学院新領域創成科学研究科 特任准教授)

小林 芳明(生物科学専攻 博士課程2年)

木村 康明(名古屋大学大学院物質理学専攻化学系 助教)

阿部 洋(名古屋大学大学院物質理学専攻化学系 教授)

浅井 潔(大学院新領域創成科学研究科 教授)

程 久美子(生物科学専攻 准教授)

 

発表のポイント

  • マイクロRNAによる遺伝子抑制効率を高精度に推定する手法を構築し、抑制効率を決定する分子メカニズムを明らかにした。
  • 塩基対合の熱力学的性質を最近接塩基対法を用いて表し、機械学習によってマイクロRNAによる遺伝子抑制効率を推定した。
  • がんなどの疾患におけるマイクロRNA によるシステマティックな遺伝子発現ネットワークの精度の高い予測が可能となるとともに、核酸医薬品としてのマイクロRNAの開発を促進する。

 

発表概要

ヒトでは2000種類以上のマイクロRNA(microRNA)が見出されており、それぞれ異なる塩基配列をもっています。そして、個々の microRNA は相補的な塩基配列をもつ多数のメッセンジャーRNA(mRNA)の翻訳を一斉に抑制(サイレンシング)しますが、その抑制の程度はさまざまでその違いを決める要因については不明でした。本研究では、RNAの一次構造だけでなく二次構造も考慮した塩基対合における熱力学的パラメータを用いた機械学習(注1)により、新しい定量的予測モデルを構築しました。それに基づき、遺伝子抑制効率を決定する分子メカニズムの推定が可能となりました。microRNA は正常な発生・分化におけるさまざまな生命現象における遺伝子発現制御に関わっているだけでなく、がんを含む多くのヒトの疾患においても重要な役割を担っています。本研究で新たに構築された高精度な遺伝子制御モデルは、さまざまな生命現象や疾患における microRNA の作用機序の解明に役立つと期待されます。さらに、疾患における microRNA の役割を解明することで、核酸医薬品(注2)の開発にも貢献できると考えられます。

 

発表内容

microRNAとは、長さ21-23塩基の小さなRNAで、ゲノムDNAから転写されますが、最初は1本のRNAとして転写されます。そして、中央でおりたたまれ、両端が切断されて2本鎖になります。2本鎖は途中で1本鎖になり、1本鎖のmicroRNAは相補的な塩基配列を持つmRNAの発現を抑制します。microRNAはいくつかのタンパク質とともに、microRNA-induced silencing complex(miRISC)と呼ばれるRNA-タンパク質複合体を形成して機能します。miRISCで重要なタンパク質は、microRNAが取り込まれるArgonaute (Ago)タンパク質と、Agoタンパク質と相互作用するGW182タンパク質(ヒトではTNRC6タンパク質)で、GW182タンパク質はポリA鎖の分解などによって翻訳を抑制します。ヒトには2000種以上のmicroRNAが存在し、個々のmicroRNAは多数のmRNAの発現を一斉に制御するため、システマティックに遺伝子ネットワークを制御します。

東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻の程久美子准教授らのグループは、microRNAの作用機序の詳細を明らかにするために、microRNAによる遺伝子抑制効率の推定法を構築しました。まず、先行研究においてmicroRNAによる遺伝子抑制効率は塩基対合の熱力学的安定性が大きな影響を与える可能性を示しました。熱力学的安定性は、熱力学的パラメータを用いた最近接塩基対法(注3)で計算することで推定できます。それを用いて、microRNAの5’末端から2から8塩基目の7塩基(シード領域)とターゲットmRNAとの塩基対合力と、microRNAが、その生合成過程で2本鎖から1本鎖へ解離する塩基対合力が重要であることを明らかにしていました。しかしながら、microRNAはさまざまな二次構造を形成するにも関わらず、当時はそのような複雑な構造の塩基対合における熱力学的パラメータはわかっていませんでした。しかし、これらのパラメータは、この数年の間にかなり明確にされてきました。そこで、本研究では、これらの新たに確立された熱力学的パラメータを導入し、さらに機械学習を採用して、microRNAの遺伝子抑制効率の新しい推定手法の構築を目指しました。それぞれのmicroRNAの抑制効率を実験的に実測した結果を用いて、機械学習により1000回のサンプリングを繰り返し行い、熱力学安定性が遺伝子抑制効果と相関するmicroRNAの領域をすべて特定して、信頼性が高い線形回帰モデルを構築しました。また、microRNAは、特にシード領域においてアデノシンがイノシンという核酸へ脱アミノ化されるというRNA編集、Adenosine-to-Inosine (A-to-I)編集、を受けることが知られています。共同研究者の東京大学大学院新領域創成科学研究科の浅井潔教授ら、および名古屋大学の阿部洋教授らのグループはイノシンの熱力学的パラメータを確立しました。そこで、共同研究によりアデノシンがイノシンへとRNA編集された場合の遺伝子抑制効率の測定実験を行い、イノシンのパラメータが正確であり、RNA編集をうけるとmicroRNAの遺伝子抑制効率が変化することを実証しました。

本研究で構築した新しい推定手法は、microRNAによる遺伝子抑制効率がmicroRNAの4つの領域の熱力学的特性と強く相関することを明らかにしました。(i)シード領域とターゲットmRNAとの塩基対合力が強く、(ii)microRNAの2本鎖状態のときの5’末端の4塩基の対合力が弱く、(iii)3’末端の4塩基の対合力が強く、(iv)中央部分の9塩基の対合力が強いときにmicroRNAによる遺伝子抑制効率が高いことを明らかにしました。microRNAによる遺伝子抑制効率の強さ(miScore)は、融解温度(Tm)と自由エネルギー(ΔG)を用いて、次の式で推定できることを示しました。
miScore (Tm)= - Tm2-8 + 0.1×miTm1-4 - 1.2×miTm6-14 - 0.3×miTm4*-1*
miScore (ΔG )=ΔG2-8 - 0.7×miΔG1-4 + 1.1×miΔG6-14 + 0.4×miΔG4*-1*
TmとΔGの右下の数字はmicroRNA上の塩基の位置を示している(無印は5’末端から、*は3’末端から位置)。
新しい推定手法を用いると、野生型microRNAおよびA-to-I RNA編集されたmicroRNAの両方で極めて高い精度で遺伝子抑制効率が予測できるという結果が得られました。

この遺伝子抑制効率予測モデルから、microRNAによる遺伝子抑制作用の分子機構も推定することが可能となりました(図参照)。

図 :マイクロRNAが遺伝子発現を抑制する効率を決める分子メカニズム

 

まず安定な中央構造を持つ2本鎖microRNAは、容易にmiRISCに取り込まれるため、強い遺伝子抑制効果を示すと考えられました。さらに、2本鎖microRNAの2本のRNA鎖のうち不安定な5’末端と安定な3’末端を持つRNA鎖は5’末端から1本鎖化しやすくなるため、やはり強い遺伝子抑制効果を示すと考えられました。また、microRNAのシード領域と強く対合する相補的な配列を持つmRNAは強く抑制されるというこれまでの知見と一致した結果も得られました。この結果は、少なくともmiRISCに取り込まれる過程、microRNAの一本鎖化の過程および標的認識過程の全てが、塩基対合の熱力学的性質によってうまく制御されていることを支持した結果となりました。

microRNAはさまざまな生物種で遺伝子発現を制御しています。また、microRNA はさまざまな生命現象において、その遺伝子発現制御に関わっているだけでなく、がんを含む多くのヒトの疾患においても重要な役割を担っています。がん細胞では、microRNAは診断および予後バイオマーカーなどとして利用されています。このため、本研究で新たに構築された高精度な遺伝子制御モデルは、microRNA の作用機序の解明に役立つと期待されるだけではなく、疾患における microRNA の役割を解明することで、核酸医薬品の開発にも貢献できると期待されます。

 

発表雑誌

雑誌名 RNA Biology
論文タイトル A robust model for quantitative prediction of the silencing efficacy of wild-type and A-to-I edited miRNAs
著者 Shen Tian*, Goro Terai, Yoshiaki Kobayashi, Yasuaki Kimura, Hiroshi Abe, Kiyoshi Asai, Kumiko Ui-Tei*
DOI番号
アブストラクトURL

 

用語解説

注1 機械学習

「明示的にプログラミングすることなくコンピュータに学ぶ能力を与えようとする研究分野」と定義されている。学習用データセットを使って訓練したあとに、未知の例について正確に判断できるアルゴリズムの能力であり、経験から一般化することである。

注2 核酸医薬品

DNAやRNAといった遺伝情報を司る物質である「核酸」を利用した医薬品である。従来の低分子医薬品や抗体医薬品では標的とできないmRNAやmiRNAなどを創薬ターゲットとすることが可能であり、次世代の医薬品として期待されている。

注3 最近接塩基対法

最近説塩基対法は、塩基対合の程度を融解温度(Tm値)あるいは自由エネルギー変化(ΔG)で表す方法であり、いくつかある塩基対合エネルギー(塩基対合力)計算法の中のでもっとも実測値に近い値を算出できるとされている方法である。

 

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―