2019/08/08

体内時計による約24時間周期のリズムを生み出すゲノム配列を決定

 

- ChIP-Seqデータから転写因子の認識DNA配列を決定する技術を開発 -

 

 

深田 吉孝(生物科学専攻 教授)

吉種  光(生物科学専攻 助教)

浅野 吉政(生物科学専攻 博士課程3年生)

 

発表のポイント

  • 体内時計により約24時間周期で様々な遺伝子が転写されるが、この転写リズムを生み出すゲノム領域を同定し、その中に存在する時計シス配列の一種「D-box」のDNA塩基配列を決定した。
  • DNA認識タンパク質(転写因子)が結合しているゲノム領域の位置情報を元に、その結合DNA配列を網羅的に抽出する手法を開発し、MOCCS2と名付けた。
  • 時計シス配列D-boxを介した転写活性をコントロールすることにより、自在に体内時計の時刻合わせができる可能性を示した。今後時差ボケ解消など体内時計の操作につながると期待される。

 

発表概要

睡眠覚醒リズムなど、様々な生理現象は約24時間周期で変動している。これは体内時計によりそれぞれの遺伝子が必要な時間帯にだけ転写されることによる。この転写リズムを生み出す時計シス配列の一つとしてD-box配列が知られていたが、具体的にゲノム領域のどこでD-box配列が機能しているのか、また実際にどのようなDNA配列が使われているのか、その詳細は不明であった。東京大学大学院理学系研究科の吉種光助教と浅野吉政大学院生らは、D-box配列を認識するタンパク質(転写因子)が結合しているDNA断片をマウス肝臓から単離し、次世代DNAシーケンサーで解析することにより、1,490カ所のD-box領域を決定した。新しいバイオインフォマティクス技術MOCCS2を開発し、実際に生体内でD-boxとして機能しているDNA塩基配列を網羅的に抽出した。さらに、D-box配列を認識するタンパク質を欠損させると、約24時間周期の転写リズムが乱れるだけではなく、体内時計の時刻合わせに異常が生じることを発見した。将来的には、時計シス配列D-boxを介した転写活性をコントロールすることにより、自在に体内時計の時刻合わせができるようになると期待される。

 

発表内容

概日時計(circadian clock)により、睡眠覚醒や代謝、免疫機能など様々な生理現象は約24時間周期で変動している。概日時計が約24時間サイクルを刻む分子的な骨格は一群の時計遺伝子による転写翻訳を介したフィードバック制御である。この自律的に振動するフィードバックループからは、時刻情報が転写リズムとして出力される。具体的には、E-box・D-box・RREという3つの時計シス配列(ゲノム上のDNA配列)が知られており、それぞれ一日の中で転写活性化される時刻が異なる(図1)。

図1: 転写・翻訳を介した負のフィードバック制御モデル
哺乳類の概日時計は、転写因子CLOCK・BMAL1による転写活性化と、PER・CRYによる転写抑制による負のフィードバック制御を基本骨格としている。この中心的なフィードバック制御において機能するのが時計シス配列E-boxである。D-boxを介した遺伝子発現はDBPにより促進され、E4BP4により抑制される。DbpはE-boxによる転写制御を受け、E4bp4はRREによる転写制御を受けることにより、これらの3つの時計シス配列を中心としたフィードバック制御は互いに共役している。

 

多くの遺伝子の近傍にはこれら3つの時計シス配列が組み合わせとして存在し、それぞれの遺伝子が必要な時間帯にだけ転写され、生理機能リズムを生み出している。昼から夜に切り替わるタイミングで転写因子DBPがD-box配列に結合するとD-box依存的な転写が活性化され、一方、夜から朝に切り替わるタイミングでは転写因子E4BP4が結合してD-box依存的な転写は抑制される(図2A、B)。このようにD-box配列は時計出力において重要な役割を担うと考えられてきたが、実際にゲノム領域のどこでD-box配列が機能し、どのような遺伝子群がD-boxに制御されているのか不明であった。さらに、D-box配列として実際に機能しているDNAの塩基配列は不明瞭であった。

東京大学大学院理学系研究科の吉種光助教、浅野吉政大学院生、深田吉孝教授らの研究グループは、D-boxに結合する転写因子DBPとE4BP4に着目した研究を展開した。まずは、これらの転写因子を特異的に認識する抗体を作製し、DBPとE4BP4が結合しているゲノムDNA断片を次世代DNAシーケンサーを用いて解析した。ChIP-Seq解析(注1)の結果、マウス肝臓においてDBPとE4BP4いずれもが結合しているゲノム領域を1,490カ所同定した(図2C)。

図2:夕方にはDBPが、明け方にはE4BP4が、D-box配列に結合する
A. マウス肝臓の核抽出物を用いたウエスタンブロット解析。DBPは夕方に発現量がピークとなり、E4BP4は明け方に発現量がピークとなる。
B. マウス肝臓を用いたPeiod1遺伝子近傍のChIP-PCR解析。DBPは夕方にDNA結合が高く、E4BP4は明け方にDNA結合が高い。
C. マウス肝臓を用いたChIP-Seq解析(Period1遺伝子のExon1-4近傍の結果)。DBPとE4BP4が結合するDNA領域をゲノムワイドに決定した。両者が結合する1,490カ所の領域を決定することに成功した。

 

さらに、筑波大学の尾崎遼准教授や東京大学大学院理学系研究科の岩崎渉准教授らとともに、新しいバイオインフォマティクス技術MOCCS2を開発した(図3)。MOCCS解析では、ChIP-Seq解析において転写因子の結合部位と決定されたDNA領域のなかで、特定のDNA配列がどのように分布しているかを計算し、結合部位のより中心に濃縮されている配列に高いスコアをつけた(図3)。

図3:MOCCS2解析による転写因子のDNA認識配列の決定
A. MOCCS解析の概念。転写因子に認識されるDNAの塩基配列は、ChIP-Seqデータの転写因子結合部位の近傍に高頻度で分布する。各配列の出現分布パターンを、AUCスコアとして評価する(転写因子の結合部位付近に頻出するDNA配列は高いAUCを示す)。
B. MOCCS2解析における改良。転写因子に認識されない無関係な配列について考える。AUCは0に近くなるはずだが(パネルA右下)、その近傍でバラツキが生じる。出現回数が多い時にはそのAUCの分散(SD)が小さいためAUCが0付近の値をとる配列が多いが(1,000回出現のシミュレーション結果を参照)、出現回数が少ない時にはそのAUCの分散(SD)が大きくなるため0から大きく離れた値をとる配列が出てくる(10回出現のシミュレーション結果を参照)。MOCCS2解析では、それぞれの配列のAUCスコアを出現回数に応じたAUCのSDで補正し、各配列が転写因子に認識されている度合いを適切に評価することが可能になった。

 

今回、先行研究で開発したこのMOCCS解析の考え方を基礎に、さらに統計学的な手法を組み合わせることにより、より偽陽性の少ない認識DNA配列を抽出することに成功し、この手法をMOCCS2と名付けた(詳細は、https://yuifu.github.io/research/moccs2/index.html 参照)。今回のChIP-Seqデータに対して実際にMOCCS2解析を行った結果、D-boxとして機能するDNA配列をリストアップすることに成功した。さらに、E4bp4遺伝子を欠損したマウスのRNA-Seq解析を行い、約24時間周期の転写リズムが大きく乱れることを示すとともに、直接D-boxによりリズミックに制御されている遺伝子と間接的に影響を受ける遺伝子があることを明らかにした。

このようにD-box配列は時計出力において重要な役割を担うが、本研究ではD-boxがさらに体内時計の時刻合わせに重要な役割を担うことを見出した。具体的には、E4bp4欠損マウスから単離した線維芽細胞(注2)を用いた研究を展開した。これまで深田研究室では、培養細胞の培養培地のpHを0.4下げると時計がリセットされることを報告した(Kon et al., Nat Cell Biol, 2008)。本研究では、この培地の酸性化に伴いE4bp4がmRNA・タンパク質レベルで急上昇することを見出し、pH低下による時計リセットがE4bp4遺伝子の欠損により完全に阻害されることを発見した(図4)。

図4:D-box活性の変化により体内時計を自在にコントロールする
培養細胞の概日時計を可視化するために、時計タンパク質PER2にLuciferaseが融合したPER2::Lucマウスを利用し、そのマウス胎児線維芽細胞(MEFs)を樹立した。この細胞を薬剤(Dex)で刺激して時計振動を同期したのち、生物発光リズムを連続測定した。矢尻で示したタイミングで培養培地にHClを添加することで培地のpHを7.0から6.6に変化させると、コントロール細胞ではリズム位相が大きく変化した(左パネル)。一方で、E4bp4を欠損した細胞では、リズム位相が変化しないことから、培地の酸性化による時計リセットにはE4bp4が不可欠であることがわかる。

 

つまり、時計シス配列D-boxを介した転写活性の変化により体内時計をリセットできることが分かる。今後、D-boxを介した時計入力メカニズムの詳細な解析と、それをコントロール可能な分子ツールを作成することにより、時差ボケ解消薬の開発につながることが期待される。

 

発表雑誌

雑誌名 Communications Biology (オンライン版:2019年8月8日版)
論文タイトル Functional D-box sequences reset the circadian clock and drive mRNA rhythms
著者 Hikari Yoshitane*, Yoshimasa Asano, Aya Sagami, Seinosuke Sakai, Yutaka Suzuki, Hitoshi Okamura, Wataru Iwasaki, Haruka Ozaki, and Yoshitaka Fukada*
DOI番号
論文URL https://doi.org/10.1038/s42003-019-0522-3

 

用語解説

注1 ChIP-Seq解析

転写因子がゲノム上のどこに結合しているのかを網羅的に決定する実験手法。転写因子を特異的に認識する抗体を用いて免疫沈降を行い、共沈したDNA断片を精製する。これを次世代シーケンサーに供してその塩基配列を決定することにより、転写因子が結合しているゲノム領域を調べることができる。

注2 線維芽細胞

皮膚の真皮などに存在する結合組織を構成する細胞の一種。マウス胎児より調整した線維芽細胞を培養増殖することが可能である。概日時計機能を有し、細胞レベルでの時計機能の解析に良く利用される。

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―