2019/02/12

青や緑の色覚遺伝子を制御する分子

 

小川 洋平(生物科学専攻 特任研究員)

小島 大輔(生物科学専攻 講師)

深田 吉孝(生物科学専攻 教授)

 

発表のポイント

  • 脊椎動物の原型である4色型色覚をもつゼブラフィッシュを用い、青色や緑色を感じる色受容センサーの発現に必須の鍵分子Six6とSix7を発見した。
  • Six6とSix7を欠損すると摂餌効率が著減することを明らかにし、哺乳類が進化の過程で失った、中央の波長領域の青と緑の色センサーの生物学的な意義を初めて提唱した。
  • 現存する脊椎動物の色センサーは2色型から4色型まで多様化しているが、4色型色覚が成立した過程や、2色型を基本とするヒトの変型3色型色覚の進化的変遷の解明が期待される。

発表概要

東京大学大学院理学系研究科の小川洋平特任研究員、小島大輔講師、深田吉孝教授らのグループは、脊椎動物の原型である4色型色覚をもつゼブラフィッシュを用いた研究を行い、青色や緑色を感じる色センサー(色覚に関わる光受容タンパク質)の遺伝子制御に必須の鍵分子、Six6とSix7を発見した。遺伝子操作によりSix6とSix7を欠損させると動物の摂餌能力が著しく低下することから、これらの鍵分子の働きによる色覚の発達が動物の生存に必須であることがわかった。

動物の網膜には複数種の色センサーが備わり、これらの組み合わせにより「色」を知覚することができる。脊椎動物の祖先種は4種類(紫・青・緑・赤)の色センサーを持ち、4色型の色覚が原型であると考えられている。これまで紫や赤の色センサーは研究されてきたが、青と緑の色センサーが果たす役割やそれらの遺伝子制御の仕組みは謎に包まれていた。本研究により、可視光のなかでも中央の波長領域である青や緑に対する色センサーを制御する鍵分子を同定し、この光感受性が生存に必須であることを明らかにした。

現存する脊椎動物の色センサーは2色型から4色型まで多様化しているが、今後の研究において4色型色覚が成立した過程の解明や、2色型を基本とするヒトの変型3色型色覚の進化的変遷の解明につながることも期待される。

発表内容

脊椎動物の視覚をになう網膜には、光を検知して電気信号に変換する細胞が存在する。この光感受性の細胞は視細胞と呼ばれており、桿体細胞と錐体細胞という2種類に大別される。両者は異なる光環境で機能するように特化しており、このうち錐体細胞は明るい場所での視覚や色覚を担う。錐体細胞は応答する光の波長(色)によりさらに複数のタイプに分類され、各タイプの錐体細胞(錐体サブタイプ)はそれぞれ固有の色センサー(光受容タンパク質オプシン(注1))をもつ。このように色感受性の異なる、複数の錐体サブタイプを組み合わせることにより、動物は「色」を知覚することができる。錐体サブタイプの組み合わせ、つまりは色センサーのレパートリーは動物種ごとに異なっており、それぞれの動物は独自の色覚を持つ(図1)。

 

図1:脊椎動物の色センサー。動物それぞれがもつ色センサーを、アミノ酸配列の類似性に基づいてグループ分けした。同じ原型に由来する色センサーでも、動物種によっては異なる波長領域に感受性を示す場合や、異なる「色」の名前で呼ばれる場合がある。例えば、ヒトの色センサーの一つである「ヒト青」は、実際には原型の「紫」に相当する(注2)

 

近年の比較ゲノム解析により、脊椎動物の祖先は4種類(紫・青・緑・赤)の色センサーを備えていたことが分かり、4色型の色覚は脊椎動物における色覚の原型であると考えられている。実際、魚類・鳥類・爬虫類など多くの脊椎動物は4種類の色センサーを全てもつ。その一方、哺乳類は進化の過程で2種類の色センサー(青と緑)の遺伝子を失ったが、ヒトの祖先は赤色センサー遺伝子を倍化させ(図1のR1とR2)、新たな色センサーを生み出すことで変型3色型色覚を獲得したと考えられている(注2)。従来はマウス(哺乳類)を用いた研究が中心だったため、哺乳類において失われた青と緑の色センサーの存在意義や、遺伝子発現の制御メカニズムについては全く明らかにされてこなかった。

東京大学大学院理学系研究科の小川洋平特任研究員、小島大輔講師、深田吉孝教授らの研究グループは、4色型の色覚をもつ小型魚類ゼブラフィッシュをもちいて色センサー遺伝子の制御に必須の分子を探索した。網膜における詳細な遺伝子発現パターンの解析を行い、錐体細胞に強く発現する分子として転写制御因子Six6とSix7(注3)を特定した。そこでSix6とSix7の両方を機能欠損する変異個体 (以降、KO個体とよぶ) をゲノム編集技術を用いて作製したところ、青と緑の色センサーの遺伝子発現がともに消失していることがわかった(図2)。さらに、ChIPシーケンス解析(注4)を行い、Six6とSix7が結合するゲノム領域を探索した。その結果、青と緑の色センサー遺伝子のごく近傍にSix6とSix7が結合することが分かった。さらに、両者のゲノム結合箇所やDNA配列の認識パターンは非常に類似していた。これらの結果から、Six6とSix7が青と緑の色センサー遺伝子の発現を協調的に制御することが明らかになった。

 

図2:ゼブラフィッシュの色センサーの吸収スペクトル。野生型は大別して4種類の色センサーをもつが(上)、Six6とSix7を欠損する変異型 KO個体は紫と赤の色センサーしかもたないため、青から緑の波長領域の光感度が著しく減少すると考えられる(下)。※プレスリリースより図の差し替えとキャプションの一部改訂を行っております。

 

驚いたことにSix6とSix7のKO個体は、幼生期までは正常に発生するものの、その後は成体まで生育しないことがわかった。通常の飼育環境下では他の遺伝子型の個体と混在した状態でKO個体を飼育していたことから、KO個体は他個体との餌とり(摂餌)競争に勝てず、結果として生き残ることができないのではないかと考えた。これを確かめるため、幼生期のKO個体を他個体から隔離して飼育したところ、成体まで生育させることができた。そこで、幼生期のKO個体がゾウリムシを摂餌する様子を高性能カメラによりビデオ撮影したところ、摂餌の成功回数が極めて少ないことがわかった。KO個体の自発的な活動は正常であり、また脳や眼球の形態に目立った異常がないことから、摂餌できない原因は、Six6とSix7の欠損により青・緑の色センサーを失ったこと、すなわち青色〜緑色の波長領域の視覚感度が著しく低下したことにあると考えられた(図2)。

本研究により、中央の波長領域の青と緑の色センサー遺伝子発現を制御する鍵分子を特定するとともに、青〜緑色の波長領域の色受容が脊椎動物の生存に重要な意味をもつことが明らかになった。哺乳類は進化の過程でいったん昼行性から夜行性になり、4種類の色センサーのうち青と緑を失った。その後、ヒトの祖先は残った2種類のうち赤色センサーを倍化させて新しい緑色センサーを生み出し、青〜緑色の波長領域をカバーできる変型3色型(青・緑・赤)の色覚を獲得した。太陽光を環境シグナルとして活用するためには、中央の波長領域である青〜緑色を受容することが有利に働いたのかもしれない。今後の研究により、多様な色覚タイプを支える遺伝子制御メカニズム、さらにはその進化プロセスの解明が期待される。

 

発表雑誌

雑誌名 Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
論文タイトル Six6 and Six7 coordinately regulate expression of middle-wavelength opsins in zebrafish
著者 Yohey Ogawa, Tomoya Shiraki, Yoshimasa Asano, Akira Muto, Koichi Kawakami, Yutaka Suzuki, Daisuke Kojima* and Yoshitaka Fukada*
DOI番号
論文URL https://www.pnas.org/content/early/2019/02/13/1812884116

 

用語解説

注1 オプシン

動物の光受容タンパク質の総称であり、7回膜貫通構造をもつGタンパク質共役受容体の一つである。発色団(補欠分子)としてビタミンAアルデヒド(レチナール)を結合する。

注2 ヒトの3色型色覚

ヒトの3種類の色センサーはヒト青・ヒト緑・ヒト赤という名称で呼ばれている。このうち「ヒト青」は、4色型色覚(原型)における紫色センサーに相当する。残りの「ヒト緑」と「ヒト赤」は、赤色センサー遺伝子の倍化により獲得され、その後、一方の波長感受性が緑に変化したものと考えられている。

注3 Six6、Six7

DNAに結合して遺伝子発現を調節する分子。動物の多様な器官形成に寄与する遺伝子群Sixファミリーに属する。

注4 ChIPシーケンス解析

タンパク質分子が相互作用するDNA領域を同定する手法。特異的な抗体を用いることで、ある特定の標的遺伝子が結合するゲノム領域を網羅的に同定することができる。

 

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―