2018/10/29

長すぎるアルコールが生物に作用しない原因を解明

 

〜強力な作用を持つ薬剤の開発に大きな期待〜

松本 惇志(生物科学専攻 博士課程1年)

上園 幸史(生物科学専攻 助教)

 

発表のポイント

  • 長鎖アルコール(注1)が麻酔や抗菌などの生物作用を示さない原因を解明しました。
  • 生物作用がないとされた長鎖アルコールでも、物理的な溶解度や生物側の感受性を上げれば、抗菌作用を示すことを明らかにしました。
  • 麻酔薬や抗菌薬の作用機構の解明、強力な作用を持つ薬剤の開発、またお酒の熟成機構の解明にも役立つと期待されます。

発表概要

アルコールによる麻酔や抗菌などの生物作用は、その疎水部(注2)の鎖長に応じて指数的に強くなります。しかし、ある一定鎖長以上の長鎖アルコールは、どれだけ加えても生物作用を示さなくなります。これはカットオフ(注3)と呼ばれる、種を越えて観察される不思議な現象で、80年以上も解明されていない薬理学上のパラドックスです。今回、東京大学大学院理学系研究科の松本惇志大学院生と上園幸史助教は、長鎖アルコールの水への溶解度が低すぎるために、生物側の作用濃度に達しないことがカットオフ現象の原因であることを、酵母や好熱菌を用いて明らかにしました。この成果は、麻酔薬や抗菌薬の作用機構の解明、薬剤設計における構造活性相関モデルの単純化、強力な作用を持つ薬剤の開発、さらにお酒の熟成機構の解明にも役立つことが期待されます。

 

発表内容

麻酔薬の作用機構が解明されない原因は、多様な構造の化合物がなぜ類似の麻酔作用を示すのか説明できないからです。唯一の手がかりが、”多様な麻酔薬の作用は、その脂溶性(疎水性)に比例して増強する”というMeyer-Overton相関(注4)です。100年以上前に見つかったこの相関は、後に麻酔薬以外の多くの化合物の生物/毒性/抗菌作用でも確認されたため、現在の薬剤設計における構造活性相関の基礎にもなっています。しかし、Meyer-Overton相関の最大の欠点が、80年以上も前に報告された長鎖アルコールのカットオフ現象でした。カットオフ現象とは、“アルコールの麻酔作用は鎖長(脂溶性/疎水性)に応じて強くなるが、一定鎖長以上になるとどれだけ加えても作用を示さなくなる”という現象です。アルコールの作用がMeyer-Overton相関に従うならば、脂溶性の高い長鎖アルコールには強力な麻酔作用があるはずですが、実際には全く作用しないため、パラドックスになってしまうのです。この不思議な現象は、アルコール以外の化合物や、麻酔以外のさまざまな生物作用でも種を超えて観察されました。そのため、多くの分野の研究者が興味を持ち、複雑な数式、タンパク質のポケットや脂質膜の相転移などさまざまな仮説で説明しようとして議論が続いていました。しかし、カットオフ現象の解明には至りませんでした。

Meyer-Overton相関とカットオフ現象は抗菌作用でも確認されているため、今回の研究では微生物を用いて解析しました。また、タンパク質や脂質膜という従来の視点とは異なり、“アルコール自体の物性”に着目し、抗菌作用との相関ではなく、因果関係を明らかにすることにしました。長鎖アルコールは高融点、高疎水性、低密度という物性から水に非常に溶けにくく低溶解度となります。もし低溶解度が作用を失う原因なら、物理状態を変え溶解度を増加させることで、長鎖アルコールの生物作用も検出できるのではないかと考えました。そこで、常温では抗菌作用がない長鎖アルコール(炭素数14-16)を高温で融解し、溶解度を増加させてみると、酵母や好熱菌で抗菌作用が初めて検出できました(図1)。

 

 

また、高疎水性や低密度により凝集したアルコールを超音波で分散させ溶解度を増加させても、抗菌作用は増強しました。つまり、溶解度を増加させると、生物作用を示すアルコールの鎖長は延長するということです(図2A)。さらに、酵母の多剤感受性変異株を用いて低濃度でもアルコールが作用できるようにすると、常温でも長鎖アルコールの抗菌作用が検出できました(図2B)。

 

これらの結果から、カットオフ現象は、長鎖アルコールの物性による水中での低い溶解度が、生物側の作用濃度に達しないために起こる現象であることがわかりました。したがって、長鎖アルコールでも、カットオフを回避すればMeyer-Overton相関は成立し、生物作用は検出できると結論しました。

今回の成果はアルコールに限らず、脂溶性・疎水性の高いさまざまな化合物のカットオフ現象にも適用できるため、麻酔薬や抗菌薬の作用機構をこれまでとは違う視点で見なおすきっかけになると考えられます。また、薬剤設計における構造活性相関モデルも単純化でき、極めて強力な作用を持つ薬剤の開発にも役立つことが期待されます。さらに今回示した溶解度に関する新しい考え方は、お酒の熟成機構の解明にもつながると考えられます。

本研究は、日本科学協会笹川科学研究助成による支援のもと行われました。

 

発表雑誌

雑誌名 Molecular Pharmacology
論文タイトル Physicochemical solubility of and biological sensitivity to long-chain alcohols determine the cutoff chain length in biological activity
著者 Atsushi Matsumoto* and Yukifumi Uesono*
DOI番号 https://doi.org/10.1124/mol.118.112656
アブストラクトURL http://molpharm.aspetjournals.org/content/94/6/1312

 

 

用語解説

注1:長鎖アルコール

アルコールはヒドロキシル基(OH)と、アルキル基(CH2)nからできています。例えば、アルキル基の炭素数が1だとメタノール(CH3OH)で、2だとエタノール(CH3CH2OH)です。通常、炭素数が6以上のものを長鎖アルコールといいます。

注2:疎水部

ヒドロキシル基は水分子と馴染みやすいので親水部ですが、アルキル基は水分子と馴染みにくいため疎水部です。したがって、アルキル基の炭素数が増え、疎水部長が長くなるにつれて、水とは馴染みにくくなり脂溶性・疎水性が増加します。その結果、アルコールの水中での溶解度は鎖長に応じて指数的に減少していきます。

注3:カットオフ

アルコールには麻酔や抗菌などの生物作用があり、疎水部の鎖長が長くなるにつれて指数的に増強していきます。しかし、ある一定以上の鎖長のアルコールでは、いくら加えてもこれらの生物作用を示さなくなります。通常の生物作用では、炭素数13以上の長鎖アルコールで生物作用を示さなくなるため、これらがカットオフとなったアルコールです。1935年にMeyerらによりアルコールの麻酔作用で発見され、その後、アルコール以外のさまざまな化合物、また、麻酔以外の抗菌・毒性・生物作用でもカットオフ現象が確認されました。

注4:Meyer-Overton相関

麻酔薬には、キセノン原子から複雑な化合物まで、実にさまざまな構造があります。これら麻酔薬の構造は大きく異なるにも関わらず、それらの脂溶性・疎水性の増加に比例して麻酔作用は増強する、という相関です。1900年頃に薬理学者のMeyerと植物学者のOvertonが独立に発見したことから、このように呼ばれています。

 

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―