2018/04/09

カイメンと共生する新属新種のイソギンチャク

— 三崎の磯から、世界初の共生生態の発見!—

 

泉  貴人(生物科学専攻 博士課程3年)

伊勢 優史(附属臨海実験所 特任助教(研究当時))

上島   励(生物科学専攻 准教授)

 

発表のポイント

  • 三崎臨海実験所前の磯などで採集されたカイメンの中に、微小なイソギンチャクが共生していることを発見し(図1)、それがムシモドキギンチャク科の新属新種であることを突き止めた。
  • 本種は、ムシモドキギンチャク科の中でも極めて珍しい形態・生態を持つ新種であり、同骨海綿類と刺胞動物の共生が詳細に観察されたのは世界初である。
  • 本種の単純な形態は、ムシモドキギンチャク類の進化系統を調べる上で重要であると共に、海綿動物と刺胞動物の共生に関する生態学的研究における重要な例となることが期待される。

発表概要

三崎臨海実験所(東京大学)の前に広がる磯などから採集された同骨海綿類Oscarella sp.の内部に、未知の微小なイソギンチャクが多数群生していることを発見した(図1)。

 

図1.今回の記載に用いられたテンプライソギンチャクTempuractis rinkai gen. et sp. nov.(三崎新井浜海岸産)。
a:ノリカイメン科の1種Oscarella sp.(中央のベージュ色のかたまり。全体で1個体)の中に群生している本種。生時は、触手のみをカイメンから出している。
b:テンプライソギンチャク1個体が、カイメンの鞘状構造の中に棲息している。刺激を与えないように観察すると、図の矢印が示す通り徐々に触手を出す。

 

理学系研究科生物科学専攻の泉貴人大学院生、上島励准教授、同研究科附属臨海実験所の伊勢優史特任助教(研究当時)らの研究グループは、この度、本種の分類及び生態を精査した。未記載種である本イソギンチャクはムシモドキギンチャク科Edwardsiidaeに属するが、微小な体サイズや本種独特の刺胞、さらにカイメンとの共生生態など、既知種にはない特有の形質を多数有しており、新属を設立するのが妥当であると判断された。よって、「テンプライソギンチャクTempuractis rinkai」と名付け、新属新種として記載した。特異な形態を有する本種は、ムシモドキギンチャク科の系統進化の研究において重要であると考えられる。

また、テンプライソギンチャクとカイメンは強固に共生していることが判明し、同骨海綿類と刺胞動物との共生を詳細に観察した世界初の例となった。本イソギンチャクの外胚葉はカイメンの上皮と強固に結合していることが確認された上、両者は自然界では必ず共生しており、各々独立で棲息している様子は発見されていない。イソギンチャクはカイメンの中に隠れて外敵から身を守り、逆にカイメンは天敵からの保護や岩への結合にイソギンチャクを利用していることが予想される。共生の成立過程や両者の利益に関しては、今後の更なる解明が期待される。

発表内容

①研究の背景
ムシモドキギンチャク科Edwardsiidaeは、刺胞動物門(注1)・花虫綱・イソギンチャク目に属する1つの科である。最大の特徴はその細長い体であり、砂などの基質に体を埋めるようにして棲息する。世界で11属110種ほどが知られる大きなグループであるが、日本での分類学的研究は特に進んでおらず、公式な記録は10種に満たない。しかし、その潜在的な多様性は極めて高く、既知・未記載問わず多くの種が棲息していることが予期される。

この度、東京大学大学院附属臨海実験所(三浦市三崎)の前に広がる荒井浜海岸の磯から、同骨海綿綱Homoscleromorpha(注2)に属するノリカイメン科の1種Oscarella sp.が採集された。その内部に、微小なイソギンチャクが多数棲息していることが確認された(図1a)が、分類学的に全く見当のつかない種であった。このイソギンチャクが棲息しているノリカイメンは、その後の調査で、佐渡島・三重県鳥羽市の砥浜・同市の菅島等、全国の複数地点で発見された。

②研究内容
東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻の泉貴人大学院生、上島励准教授、同研究科附属臨海実験所の伊勢優史特任助教(研究当時)、千葉県立中央博物館分館海の博物館の柳研介主任上席研究員、筑波大学下田臨海実験センターの柴田大輔技術職員から成る研究チームは、同臨海実験所において、内部にイソギンチャクが群生したカイメンの標本を採集し、固定・解剖・切片作成などの分類学的な検証を行うとともに、共生生態も精査した。

その結果、本種は体内の完全隔膜(注3)が成体でも8枚であること(図2)から、上記のムシモドキギンチャク科に属する未記載種と判明した。しかし本種は、
・成体でも全長が3–4mmまでしか成長しないこと
・本科のイソギンチャクで今まで発見されていなかった全棘刺胞(図3)を含む、特殊な刺胞相(注4)を持つこと
・カイメンの中に共生する特殊な生態を持つこと
等、本種のみに特有の形質を多数有しており、既知の属に充てることが不可能であった。そこで、当研究グループは本種に対して新属を設立することを決定し、新属新種Tempuractis rinkai gen. et sp. nov. として記載した。和名としては、赤い触手と衣を纏ったような様子を海老の天婦羅に見立て、「テンプライソギンチャク」と命名した。

図2.テンプライソギンチャクの断面図。a:光学顕微鏡で観察した横断面。8枚の完全隔膜(注3)を持つことで、ムシモドキギンチャク科と同定できる。b:透過型電子顕微鏡(TEM,注5)で観察したカイメンとイソギンチャクの境目。テンプライソギンチャクの体表の繊毛が、カイメンの上皮のくぼみに突き出しているのが観察される。

 

図3.テンプライソギンチャクのもつ様々な刺胞。下段の全棘刺胞(holotrich、注4)は、ムシモドキギンチャク科の中で本種のみがもつ。

 

 

さらに、本研究グループは本種とノリカイメンの1種の生態について精査した。その結果、テンプライソギンチャクは海綿の出水孔の脇に埋没するように棲息していることを発見した(図1b)。本種の外胚葉とカイメンの上皮は非常に強固に結合しており、パラフィン切片程度の倍率では構造が見えない。そこで、透過型電子顕微鏡(TEM,注5)を用いて両者の結合部を拡大したところ、イソギンチャクの外胚葉から生えている繊毛が撚り合わさり、カイメンの上皮に陥入していることが判明した(図2)。本研究グループは、この構造がアンカーの役割を果たしていると推察している。さらに、テンプライソギンチャクとノリカイメンの1種は自然下で必ず共生した状態で発見され、独立して棲息している姿は確認されていない。

これらのことから、テンプライソギンチャクとノリカイメンの1種の間には、非常に強固な共生関係があることが推測される。イソギンチャクの利点として、カイメンの中に収縮して外敵から身を守ることができると考えられ、カイメンの方は天敵であるシロフシエラガイ(ウミウシの1種)の捕食からイソギンチャクの刺胞で保護されていると考えられる他、イソギンチャクがノリカイメンを貫通することにより、岩への付着を補助している様子も確認された。

③本研究の意義・今後の予定など
本研究でテンプライソギンチャクに対し設立された新属Tempuractisは、ムシモドキギンチャク科では約30年ぶりに設立された属であり、本科の形態・生息環境のさらなる多様性が明らかになった。本種は、ムシモドキギンチャク類の中で最も単純かつ小型の体を持つため、今後DNAの塩基配列を用いて本科の分子系統学的研究を行うに際し、本科の進化におけるカギとなる重要な種であると予期される。

今後は、本種を含む日本で収集されたムシモドキギンチャク科イソギンチャクの塩基配列情報を用いて、系統進化学的研究を遂行していく所存である。

また、本種とノリカイメンの1種との共生は極めて貴重な観察事例であり、イソギンチャク類と海綿動物との共生として世界で2例目の報告であるとともに、同骨海綿類と真正後生動物との共生が詳細に報告された世界初の例でもある。さらに、本研究グループは、共生関係を生態学的手法のみでなくTEMを用いて形態学的にも検証しており、その結果、両者の間に世界初の結合構造を見出すことができた。

しかし、両者の共生生態には未だ謎が多く、共生の成立過程などが不明である。今後、状態の良い生体を入手し、飼育・発生実験を行うことで、生態の解明が進むことが望まれる。

 

発表雑誌

雑誌名 Zoological Science
論文タイトル First Detailed Record of Symbiosis Between a Sea Anemone and Homoscleromorph Sponge, With a Description of Tempuractis rinkai gen. et sp. nov. (Cnidaria: Anthozoa: Actiniaria: Edwardsiidae)
著者 Takato Izumi, Yuji Ise*, Kensuke Yanagi, Daisuke Shibata, and Rei Ueshima
DOI番号 10.2108/zs170042
論文URL http://www.bioone.org/doi/abs/10.2108/zs170042

 

 

用語解説

注1 刺胞動物門(Cnidaria)

動物界に含まれる1門であり、クラゲ・イソギンチャク・サンゴなどが含まれる。毒針と毒液を含むカプセル状の細胞小器官である「刺胞」を持つことが特徴である。全て二胚葉動物であり、先カンブリア時代には既に出現していたとされる。

注2 同骨海綿綱

海綿動物門の1綱であり、上皮をもつことで特徴づけられる。多くの海綿動物においては組織の分化が見られないが、同骨海綿綱では基底膜に裏打ちされた扁平細胞(pinacocyte)が細胞結合して上皮を形成する。

注3 完全隔膜

イソギンチャクの体内には、体を仕切る膜である「隔膜」が放射状に配列している。そのうち、口道(イソギンチャク類の食道)と体壁の双方に結合している大きな隔膜(図2参照)を「完全隔膜」という。

注4 全棘刺胞を含む特殊な刺胞相

刺胞にはいくつかの型があり、そのサイズ・構成比を「刺胞相」という。これは種によって異なり、分類において重要になる。「全棘刺胞(holotrich)」はその型の1つであり、均一の太さの刺糸の全体に棘が生えているのが特徴である(図3参照)。イソギンチャク類には比較的普通の刺胞であるが、ムシモドキギンチャク類では初めて発見され、本種のみが持つ。

注5 透過型電子顕微鏡(TEM)

電子顕微鏡の一種である。観察対象を非常に薄い切片にし、酢酸ウラニルや燐タングステンなどを用いて特殊な染色を施した上で、電子線を照射し、透過してきた電子線密度の強弱から像を映し出す。TEMはTransmission Electron Microscopeの頭文字を取ったものである。

 

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―