2017/11/21

生体異物の排出をになう膜輸送体の構造を解明

 

宮内 弘剛(生物科学専攻 博士課程一年)

石谷 隆一郎(生物科学専攻 准教授)

濡木 理(生物科学専攻 教授)

 

発表のポイント

  • 薬剤など生体異物の排出を担う輸送体タンパク質であるMATEの立体構造を解明した。
  • MATEの立体構造と生化学的な解析に基づき、MATEが生体異物を排出するしくみを明らかにした。
  • MATEは薬剤の排出にかかわることから、薬剤の腎臓毒性を軽減する設計が可能になることが期待される。

発表概要

すべての生物は体外からの様々な有害物質の侵入に対処するため、生体異物(注1)を能動的に排出する機構を獲得してきました。体内に入り込んでしまった生体異物は、多剤排出輸送体(注2)とよばれるタンパク質によって細胞外へと能動的に排出されます。私たちの体内ではこのプロセスは腎臓でおこなわれ、有害物質は尿を通じて体外へと運び出されます。私たちが服用している様々な医薬品も生体にとっては異物であり、この異物排出の過程を通じて体外へと排出されます。そのため、薬剤の血中濃度・体内動態を予測するためには異物排出の過程を理解することが重要です。

今回、東京大学大学院理学系研究科の濡木教授らのグループはこの多剤排出輸送体のうちのひとつであるMATEの立体構造をX線結晶構造解析(注3)によって決定しました。今回得られたMATEの立体構造は輸送基質を排出した後の状態をとっており、MATEの輸送メカニズムの解明に大きな手掛かりを与えました。今回の研究成果は、腎臓毒性の少ない薬剤の合理的な設計につながることが期待されます。

発表内容

環境中には生物にとって有害な物質が多く存在しており、体外から絶えず侵入してくる生体異物を積極的に排出しなければ生物は恒常性を維持できません。そこで生物は生体異物を能動的に排出する機構を獲得してきました。この生体異物を排出する機構はあらゆる生物が共通して持ち、ヒトでは尿や便へ排出することで、植物では液胞にため込むことで実現しています。生物は異物排出にかかわる膜輸送体を複数種類持っており、それらを協調的に利用することで細胞の間での異物の受け渡しや異物の体外への排出をおこなっています。MATE(Multidrug And Toxic compound Extrusion)膜輸送体はその一つであり、例えばヒトにおいては、異物排出の最終段階である「尿への排出」を担っています(図1)。MATEは細胞膜を介したプロトン濃度勾配を駆動力とし、様々な化学構造をもつ有機化合物を細胞外へと輸送します。

 

図1 ヒト体内でのMATEの役割の模式図
ヒトにおいてMATEは腎臓の細胞膜に発現し、プロトンの濃度勾配を利用して生体異物を尿へと排出する。

 

私たちの生活において、主要な生体異物としてあげられるのは医薬品などの薬剤であり、MATEは薬剤の体内でのふるまいを決定する因子となっています。たとえばMATEが運びやすい薬剤は腎臓から排出されやすく、またMATEが運べない薬剤は腎臓に蓄積して腎臓毒性を示すことが報告されています。このように、MATEがどのようにして薬剤を輸送しているのかを理解することは薬剤の有効性と安全性を見積もるうえで重要であり、その詳細な解明が待たれています。

今回、東京大学大学院理学系研究科の濡木理教授、石谷隆一郎准教授らの研究グループではX線結晶構造解析の手法を用いて植物シロイヌナズナ由来のMATEの立体構造を原子分解能で決定しました。

MATEの結晶構造は12本の膜貫通へリックス(TM)(注4)から成る構造をしており、細胞外側へと開いた構造をとっていました(図2)。

 

図2 MATEの立体構造およびTM7周辺の水素結合ネットワーク
MATEのC末端側(左図の向かって右側半分)内に多くの相互作用が存在することが確認された。右図にはその詳細を示している。

 

今回のMATEの構造では、7本目の膜貫通へリックス(TM7)が大きく折れ曲がっており、輸送基質が結合すると考えられていた部位を押しつぶしていました。このことから、今回得られた構造は輸送基質を排出した直後の状態であることが予想されました。このTM7の折れ曲がりは酸性アミノ酸同士の相互作用によって誘起されており(図2)、この酸性アミノ酸同士の相互作用を中心とし、多くの親水性アミノ酸と水素結合ネットワークが形成されていました。さらには、この水素結合ネットワークの形成されている環境は、疎水性アミノ酸のクラスターによって溶媒環境から隔離された疎水的な環境となっており、親水性アミノ酸同士の相互作用が形成されやすくなっていることが確認されました。以上のことから、この酸性アミノ酸のプロトン化状態の変化が引き金となって水素結合ネットワークが形成されることでTM7が折れ曲がり、輸送基質が排出されるという機構が予想されました。

そこで、東京大学大学院新領域創成科学研究科の伊藤耕一教授らのグループとの大腸菌を用いた解析によってこのMATEの輸送機構モデルを遺伝学的に検証し、MATEの輸送機構においてTM7周辺の水素結合ネットワークが輸送機構に重要であることを明らかにしました。さらに、今回得られたMATEの構造をもとにヒトMATEの構造モデルを作成し、岡山大学大学院医歯薬学総合研究科の森山芳則教授らのグループとヒト由来細胞を用いた解析を実施しました。その結果、今回の結晶構造から提唱された機構がヒトMATEにおいても存在することが確かめられました(図3)。

 

図3 提唱されたMATEの基質排出メカニズム
MATEのC末端側に存在する基質結合ポケットに生体異物が結合し、細胞外開状態に構造変化し、生体異物が細胞外へと放出される。プロトンが酸性アミノ酸に結合することによってTM7が折れ曲がり、基質結合ポケットをふさぐ。その後細胞内開状態へと構造変化しTM7が、輸送サイクルが一周する。

 

今回の研究は、ヒトや植物を含めた真核生物に共通するMATEによる異物排出機構を明らかにしたものです。本研究で明らかになった輸送メカニズムにより、将来、MATEの輸送機構を考慮した薬剤設計による薬剤の腎臓毒性の解消につながるとして期待されます。

 

発表雑誌

雑誌名 Nature Communications
論文タイトル Structural basis for xenobiotic extrusion by eukaryotic MATE transporter
著者 宮内 弘剛、森山 理美、草木迫 司、熊崎 薫、中根 崇智、山下 恵太郎、平田 邦生、堂前 直、西澤 知宏、伊藤 耕一、宮地 孝明、森山 芳則、石谷 隆一郎*、濡木 理*  (*責任著者)
DOI番号 10.1038/s41467-017-01541-0
論文URL https://www.nature.com/articles/s41467-017-01541-0

 

 

用語解説

注1生体異物

生体外から入り込んだ物質の総称。生体内には本来存在しない物質で、生体の活動に影響を与えうる。医薬品など、生理機能を調節するために体外から投与する化合物もこれに属する。

注2多剤排出輸送体

多様な化学構造をもつ生体異物を細胞外へ運び出す膜タンパク質の総称。様々な物質を輸送できるよう、広範な基質認識機構を持つ。

注3 X線結晶構造解析

タンパク質の立体構造を決定する方法のひとつ。タンパク質を高純度に精製し、適切な条件下におくとタンパク質は結晶化する。この結晶に対してX線を照射し、回折データを取得することによってタンパク質内の電子密度情報を得ることができる。

注4 膜貫通へリックス

膜タンパク質は細胞膜を完全に貫通するように存在している。細胞膜内は疎水的な環境であることから、タンパク質は分子内相互作用をし、αへリックスまたはβバレル構造をとる。この細胞膜を貫通するαへリックス構造のことを指して膜貫通へリックスと呼ぶ。

 

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―