2017/10/30

ジェネラリストとスペシャリストはどちらが有利なのか?

〜ジェネラリストが駆動する微生物の進化〜

 

シラ シサワスディ(研究当時:生物科学専攻 特任研究員、
現:タイ チュラーロンコーン大学 講師)

楊 靜佳(生物科学専攻 特任研究員)

岩崎 渉(生物科学専攻 准教授/大気海洋研究所・
大学院新領域創成科学研究科)

 

発表のポイント

  • 自然界には、様々な環境に対応できる“ジェネラリスト”戦略をとる生物のほか、特定の環境に特化した“スペシャリスト”戦略をとる生物が存在する。
  • 微生物を対象とした生物情報科学的解析により、ジェネラリストはスペシャリストに比べて有利であること、またその一方で、進化の過程で容易にスペシャリストへと変わる傾向があることがわかった。
  • こうした効果の組み合わせによって、ジェネラリストとスペシャリストの微生物生態系での共存のバランスが保たれていると考えられる。

発表概要

自然界には、様々な環境に対応できる“ジェネラリスト”戦略をとる生物がいる一方で、特定の環境に特化した“スペシャリスト”戦略をとる生物もいます。このことは直感的にも理解しやすいことですが、一方で、「ではどちらの戦略が有利なのか?」「なぜ2つの戦略をとる生物が共存するのか?」といった根本的な疑問に対する俯瞰的・実証的な解析はされてきませんでした。本研究では、61種類の環境から得られた微生物群集大量シーケンスデータの解析と、多様な微生物グループにわたる進化解析とを組み合わせた生物情報科学的手法によって、ジェネラリストはスペシャリストに比べて高い種分化率と絶滅への耐性を持ち、子孫を繁栄させる上で有利であることを明らかにしました。加えて、ジェネラリストは進化の過程で容易にスペシャリストへと変わる傾向があることがわかりました。微生物生態系におけるジェネラリストとスペシャリストの共存のバランスは、こうした「ジェネラリストによって駆動される進化」によって保たれていると考えられます。

発表内容

微生物は海洋や土壌、そして大気まで地球上のあらゆる環境に存在し、生態系の根本を支えている不可欠な存在です。微生物は大型生物のように目には見えませんが、その代わり膨大な個体数が存在し、ダイナミックに環境の間で移動を――いわば“旅”を――しています。このように、生物が1つの環境に閉じ込められているのではなく環境の間を移動し続けているということからは、2つの有望な生存戦略、すなわち、なるべく多くの移動先の環境に適応できるようにする“ジェネラリスト”戦略と、逆に移動してくる他の微生物に負けないように特定の環境に特化する“スペシャリスト”戦略の存在が示唆されます。このことは直感的にも理解しやすいことですが、一方で、「ではどちらの戦略が有利なのか?」「なぜ2つの戦略をとる生物が共存するのか?」といった根本的な疑問に対する俯瞰的・実証的な解析はされてきませんでした。

さて、近年の生物学では、DNA配列解析装置をはじめとした計測装置の大幅な機能向上により、生物のゲノム配列などの膨大なデータ(バイオビッグデータ)に基づいた生物情報科学的解析(注1)を行うことが可能になってきました。とりわけ微生物については、近年になって、培養が可能なごく一部の微生物のみを対象とした研究が主に行われてきた状況が一変し、培養が不可能な微生物を含めて、環境中に生息する微生物群集全体のDNA配列解析を行う微生物群集シーケンス(メタゲノムシーケンス・アンプリコンシーケンス)法(注2)が広く行われるようになりました。今日も、様々な微生物生態系を研究している世界中の研究者によって微生物群集シーケンス法を用いた研究が行われており、幅広い環境に生息する微生物群集についての膨大なデータが蓄積されつつあります。

本研究では、これらの世界中の研究者が産みだした微生物群集シーケンスデータを収集・整理し、俯瞰的な解析(メタ解析)(注3)を行いました。まず、世界中の研究者によって取得された61種類の環境の微生物群集シーケンスデータを収集し、整理したデータベース(MetaMetaDB)を構築しました(注4)(図1)。

 

図1
各環境にどの微生物が存在するかを網羅した“カタログ”作成手法の模式図。MetaMetaDBに格納された様々な環境の微生物群集シーケンスデータを用いて、微生物と環境を俯瞰的に結びつけた。

 

このデータベースから、微生物を特定するための目印として広く用いられる16SリボソームRNA遺伝子配列(注5)を収集し、それぞれの環境にどの微生物が存在するかを網羅した、いわば“カタログ”を作成しました。続いて、61種類の環境を11種類の環境に大別し、そのうち1種類にしか現れない微生物をスペシャリスト、5種類以上に現れる微生物をジェネラリストと定義することで、微生物をスペシャリストとジェネラリストに網羅的に分類しました(図2)。

 

図2
現れる環境の種類に基づく微生物のスペシャリスト・ジェネラリストへの分類。

 

その結果、スペシャリストとジェネラリストの数は微生物がランダムに各環境に存在していると仮定した場合に比べていずれも多く、実際に多くの微生物がこれらの2つの戦略を取っていること、さらに、スペシャリストはジェネラリストよりもずっと多いことを確認しました。また、生物学研究で頻繁に用いられる微生物である大腸菌を含む「プロテオバクテリア門」に属する微生物には特にジェネラリスト戦略をとる微生物が多いことなどが明らかになりました。

続いて「2状態種分化絶滅モデル(BiSSEモデル)」(注6)と呼ばれる数理モデルと微生物の進化系統樹を用いた進化解析を行い、進化の過程でジェネラリストとスペシャリストはどちらが有利であり、また、ジェネラリストとスペシャリストのバランスがどのようにして保たれているのかを数理的に推定しました(図3)。

 

図3
2状態種分化絶滅モデル(BiSSEモデル)によって推定されたスペシャリストとジェネラリストの進化パラメータ。BiSSEモデルは2つの状態と、それら2つの状態について定義される種分化率・絶滅率・状態遷移率によって定義される。

 

その結果、ジェネラリストは絶滅率に対して高い種分化率を持つこと、一方で、スペシャリストは種分化率に対してかなり高い絶滅率を持つことがわかりました。このことは、ジェネラリストの方が生物進化の過程で子孫を繁栄させる上で有利であることを意味しています。では、なぜ微生物はジェネラリストばかりにならないのでしょうか?推定結果からは、ジェネラリストが進化の過程でスペシャリストに変わる速さの方が、スペシャリストがジェネラリストに変わる速さよりも大きいことが推定されました。このことは、ジェネラリストは有利ではあるけれども「ジェネラリストであり続ける」ことが難しいことを意味しています。それぞれの環境における厳しい生存競争に勝つために、ジェネラリストはスペシャリストにならざるを得ないのかもしれません。

以上の結果から、私たちは、微生物生態系におけるジェネラリストとスペシャリストの共存のバランスは「ジェネラリストによって駆動される進化」によって保たれると考えています(図4)。まず、ある環境に特化したスペシャリストがいる状況を考えます(A)。進化の過程でスペシャリストがジェネラリストへと変わる(B)と、そのジェネラリストは他の環境へと移動することができます(C)。本研究の結果から、ジェネラリストは速く種分化する(D)ほか、スペシャリストに変わりやすいという特徴を持ちます(E)。その結果、スペシャリストとジェネラリストが共存する微生物生態系が保たれます(F)。

 

図4
「ジェネラリストによって駆動される進化」によって微生物生態系におけるスペシャリスト(ピンク色)とジェネラリスト(水色)との共存のバランスが保たれるモデルを表した図。

 

このモデルは微生物に特有の性質を前提としたものではないことから、微生物生態系に限らず、一般の生態系の成り立ちについても示唆を与えると考えられます。

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金、文部科学省科学研究費補助金、科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業、キヤノン財団の支援を受けて実施されました。

 

発表雑誌

雑誌名 Nature Communications
論文タイトル Generalist species drive microbial dispersion and evolution.
著者 Sira Sriswasdi, Ching-chia Yang, and Wataru Iwasaki
DOI番号 10.1038/s41467-017-01265-1
論文URL https://www.nature.com/articles/s41467-017-01265-1

 

 

用語解説

注1生物情報科学

生命システムを生命科学と情報科学の両面から解き明かすことを目的とした、バイオインフォマティクス、システム生物学、ゲノム生物学、オーミクスなどとも呼ばれる学問分野。東京大学理学部に設置された生物情報科学科では、2009年からこの新しい分野の教育を行っている。

注2微生物群集シーケンス(メタゲノムシーケンス・アンプリコンシーケンス)法

近年開発された高速DNA配列解析装置を用いることで、培養を経ることなく微生物群集全体のDNAを解析する手法。自然界において、微生物は単独ではなく、様々な微生物が混ざりあった状態で生態系を形作っているが、従来行われてきた培養法では、それらの微生物のうち培養できる1%程度しか解析できなかった。しかし微生物群集シーケンス法によって、培養できない微生物も含めた微生物群集全体を解析できるようになった。特に、微生物群集から抽出したDNA全体を解析する手法をメタゲノムシーケンス法、特定の遺伝子を対象にポリメラーゼ連鎖反応法を併用して解析する手法をアンプリコンシーケンス法と呼ぶ。

注3 メタ解析

複数の研究の結果を統合し、俯瞰的な視点から解析すること。

注4 MetaMetaDB

世界中の研究者によって取得された微生物群集シーケンスデータ(メタゲノムシーケンス・アンプリコンシーケンス)を収集し、整理したメタ解析のためのデータベースhttp://mmdb.aori.u-tokyo.ac.jp/ にて公開している。

注5 16SリボソームRNA遺伝子配列

DNAがRNAを介してタンパク質へと翻訳される過程で中心的な役割を果たすリボソームを構成するRNAのうち、16SリボソームRNAのDNA配列。進化を経ても良く保存される部位と変異が入りやすい部位から構成され、DNAを用いて微生物を同定するための目印(バーコード)としてしばしば用いられる。

注6 2状態種分化絶滅モデル(BiSSEモデル)

Binary State Speciation and Extinctionモデル。進化の過程で生物が確率的に2つの状態を行き来し、種分化し、絶滅することを仮定した数理モデル。モデルのパラメータを情報科学的な手法によって求めることで、進化の過程で2つの状態のどちらが有利だったか、種分化率や絶滅率がどのように違ったかなどを定量的に明らかにすることができる。

 

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―