脊椎動物の基本構造が5億年以上変わらなかった理由
〜遺伝子の使い回しによる進化的な多様化の制約〜
入江 直樹(生物科学専攻/附属生物普遍性研究機構 准教授)
上坂 将弘(生物科学専攻 博士研究員)
日下部 岳広(甲南大学理工学部生物学科・
統合ニューロバイオロジー研究所 教授)
倉谷 滋(理化学研究所 主任研究員)
発表のポイント
- 脊椎動物の基本構造が5億年以上の進化を通して変化しなかった要因として、遺伝子の使い回しから生じる制約が寄与している可能性が高いことを大規模遺伝子発現データ解析から明 らかにしました。
- 遺伝子の使い回しが、新しい特徴を進化させる役割があることは良く知られていましたが、逆に多様化を制限している可能性が高いことを実験データから示しました。
- 動物に限らず、さまざまな生物において進化しやすい/しにくい生物の特徴を理解することに貢献すると期待されます。
発表概要
我々ヒトを含む背骨をもった動物(脊椎動物、(注1))は、5億前以上前に出現して以来、さまざまな形の姿に進化し、多様化してきました。しかし、どの脊椎動物種も体の基本的な解剖学的特徴(注2)は数億年間の進化的多様化を通してもほとんど変わっておらず、その原因は明らかになっていません。これまでの研究により、脊椎動物の基本構造を決定づける胚発生期が、進化を通して多様化してこなかったことに原因があると推定されてきました(発生砂時計モデル、(注3))。しかし、なぜその胚発生過程が進化を通して保存されるのかについては不明のまま、解明が待たれていました。
今回、東京大学大学院理学系研究科の入江直樹准教授が率いる国際共同研究グループ(EXPANDEコンソーシアム)は、脊椎動物を含む8種の脊索動物を対象に、体づくりが行われる胚発生の過程ではたらく遺伝子の情報を大規模に同定・比較解析することでこの問題に取り組みました。得られたデータの解析によって、脊椎動物の基本構造がつくられる時期にはたらく遺伝子の多くが、その他の時期にみられるさまざまな体づくりの過程にも関わっている「使い回し遺伝子」であること、そして、使い回し遺伝子が脊椎動物進化における多様化の制約と密接に関連していることを明らかにしました。脊椎動物の基本構造がつくられるプロセスには使い回し遺伝子が多く、それが原因で基本構造の多様化が制約されてきたというシナリオが考えられます。遺伝子の使い回しによる進化は、脊椎動物に限らず生物において広く普遍的な現象であり、「進化しにくい/しやすい生物の特徴」をより良く理解できるようになると期待できます。
本研究は、文部科学省科学研究費助成事業「発生時系列ゲノム情報展開から目指す脊索動物胚進化の一般則解明」(研究代表者:入江直樹)、新学術領域「進化制約方向性」、「脊椎動物の中枢神経系と感覚器の複雑化を可能にしたゲノム基盤の解明」(研究代表者:日下部岳広)、AMED生命動態システム科学推進拠点事業の一環で行われました。
本研究成果は、2017年9月26日(日本時間)に、英国科学雑誌Nature Ecology & Evolution にてオンライン公開されました。
発表内容
20m以上の巨体で優雅に海を泳ぐシロナガスクジラ、たった2g程度の体重で毎秒数十回の羽ばたきで空中を飛び回るハチドリ、左右のバランスが大きく違うカレイ、甲羅で体を守りながら生き抜いてきたカメなどなど、我々人間を含め、背骨をもった動物(脊椎動物)は5億年以上前に出現して以来、様々な体のかたちをした動物種に進化し、多様化してきました。しかし、不思議なことにどの脊椎動物種も基本的な解剖学的特徴(注2)は共通しており、体のサイズや重量、体色が多様化してきたことなどに比べると、様々な臓器の結合関係は数億年という長い進化の歴史を通してほとんど変化がありません。長い進化の過程で、なぜ体の基本構造がこれほど変化してこなかったのかについては明らかではありませんが、受精卵から大人の姿になるまでの胚発生過程に謎を解く鍵があるのではないかと考えられていました。体の形を決めるのが発生過程であることに加え、胚発生過程のうち体の基本構造がつくられる器官形成期は進化を的な多様性に乏しいという法則(図1、発生砂時計モデル、注3)が知られているためです。こうした背景から、器官形成期(砂時計モデルのくびれ部分)期の多様化を長い進化の時間を通して制約してきたしくみに注目が集まっていました。
図1. 胚発生と進化的な多様性の関係を示した発生砂時計モデル(中央)。下から上へ発生が進み、解剖学的な体の基本構造がつくられる器官形成期(左)では、異なる動物間での多様性が少ないことを示す。遺伝子レベルの解析で支持されてきたモデルだが、なぜこうした法則性が生じるのかは、これまで明らかではなかった。今回の研究で、器官形成期は他の発生時期や組織でもはたらく、使い回し遺伝子が多く、それが多様化を制約してきた可能性が明らかとなった(右。小さな丸印は遺伝子を示し、異なる発生期にも使われている同じ遺伝子は垂直の線で繋いだ)。
東京大学大学院理学系研究科の入江直樹准教授が率いる国際共同研究グループ(EXPANDEコンソーシアム)は、この問題を解くために、脊索動物門に属する8種の動物(哺乳類のマウス、鳥類のニワトリ、爬虫類のスッポン、両生類のネッタイツメガエルとアフリカツメガエル、魚類のゼブラフィッシュ、尾索類のホヤ、そして頭索類のナメクジウオ)を対象に、胚発生過程の初期から後期に渡る遺伝子の転写産物情報を超並列シーケンサーによって大規模に取得し、コンピュータを用いたデータ解析を行いました(図2)。
図2. 今回の研究で解析した動物種(左)と、それぞれの胚発生(右)。脊椎動物にホヤとナメクジウオを合わせたものが脊索動物門。最左は、8種の脊索動物の進化的な系統関係。今回の研究では、これらの発生段階ではたらいている遺伝子群を大規模に調べた。
まず、異なる動物の間で遺伝子の使われ方を比べることで、進化的な多様性が低い発生過程を詳しく調べました。これによると、胚発生のうち、脊椎動物の基本構造をつくる時期は、脊椎動物登場以来ずっと保存されてきたことが示されました。脊椎動物は進化を通して海水や淡水、陸上など、様々な環境に適応進化してきましたが、常に器官形成期が保存されてきたというのは不思議な結果です。また、発生過程の進化的多様性を定式化した法則性(発生砂時計モデル)が、従来考えられていた脊索動物門よりも脊椎動物亜門により明瞭に適用できることがわかりました。このような進化の法則性の適用範囲がわかることは、動物がなぜ今のような姿をしているのかを理解する上で非常に重要なことです。
次に研究グループは、なぜ砂時計型の多様性が脊椎動物で生じるのかについて、6種の脊椎動物の器官形成期(砂時計モデルのくびれの時期)で特異的にはたらいている遺伝子群を探索しました。この時期の胚では数多くの臓器の原基がつくられるため、この時期にだけはたらいている特異的な遺伝子が多いことが予想されました。ところが、予想に反してこの時期に特異的にはたらいている遺伝子はむしろ少ないことが判明し、詳しく調べると、器官形成期にはたらいている遺伝子は他の発生段階でも使い回されている遺伝子群が多数を占めていることが明らかとなりました。器官形成期にはいろいろなところで掛け持ちしながらはたらく、はたらき者の遺伝子群が集中していたのです(図3)。
図3. 特定の発生時期や組織ではたらく特異的な遺伝子(左)と、様々な組織ではたらく使い回し遺伝子(右)。使い回し遺伝子は、様々な時期・場所ではたらく遺伝子で、脊椎動物では器官形成期にこうした遺伝子が多いことがわかった。使い回し遺伝子が多様化を制約する詳しいしくみは複数考えられ、今後さらなる研究が期待される。
データ解析をさらに進めると、使い回し遺伝子の比率が高い発生期ほど進化的に多様性に乏しくなること、使い回しの頻度が多い遺伝子ほど生存に必須であること、他の多くの遺伝子と相互作用していること、そして使い回し遺伝子はより複雑な制御を多く受けていることなども明らかとなりました。使い回し遺伝子は進化の多様化を制約するとした理論的な予測(注4)と合致する観察結果が得られたのです。使い回し遺伝子は、多くの構造物を支える木造建築の支柱のようなもので、支えている構造物が多い分、欠けてしまうと試合に多大な負の影響を与えてしまう重要な存在です。それが故に、支柱(使い回し遺伝子)は変更しにくく、結果として全体の構造物がとる形(胚発生プロセス)を大きく変えることが難しくなる(進化を通して多様化しにくくなる)といった例えができます。ただし、使い回し遺伝子が制約をもたらす仕組みは複数考えられる他、使い回し遺伝子群がなぜ器官形成期に集積したのかはまだ不明です。今回の結果は、遺伝子の使い回しが器官形成期の多様化を制約し、進化を通して変化しにくい脊椎動物の基本構造をつくりあげた可能性を示しています。
これまでの研究で、遺伝子の使い回しが多様化の制約とは逆の効果、すなわち新しい形質を獲得することに寄与していることは良く知られていました。例えば、カブトムシの角では、脚を形づくるのに使われる遺伝子群が、角を形づくるのに使い回されていることが知られており、これがカブトムシの角が進化したひとつのきっかけになったと考えられています。つまり、手持ちの遺伝子をこれまでとは違った器官や細胞で使い回すことによって、新しい姿に進化するきっかけになったのです。爬虫類の一群から鳥類が進化する過程でも、新しい遺伝子の獲得はほとんどなかったことがわかっており、むしろ手持ちの遺伝子の使い方や組合せを変えるといった制御方法の変化が中心だったことが、ゲノムDNAの解析から明らかになっています(Seki et al. Nature Communications, 114229, 2017)。こうした知見を踏まえると、今回の発見は「遺伝子の使い回し」が、生物の進化にとって諸刃の剣である可能性を示しています。遺伝子をより多く使い回すことは、新しい特徴を進化させる上で重要だった一方で、多様化がその分だけ制約される、言い換えれば、進化の袋小路に入らせていくはたらきがあるのかもしれません。
動物に限らず、生物は突然変異や自然選択などを通して多様な姿に進化してきました。しかし、四足動物では2対より多い手足を獲得した動物がいないように、それぞれの生物群ごとに表現型の多様性には限りがあり、進化は完全に変幻自在ではありません。今回の発見は、遺伝子の使い回しがそうした制約をもたらす有力な仕組みの1つであることを示したもので、生物の進化をさらに深く理解することに貢献すると期待されます。
発表雑誌
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雑誌名 Nature Ecology & Evolution 論文タイトル Constrained vertebrate evolution by pleiotropic genes 著者 Haiyang Hu, Masahiro Uesaka, Song Guo, Kotaro Shimai, Tsai-Ming Lu, Fang Li, Satoko Fujimoto, Masato Ishikawa, Shiping Liu, Yohei Sasagawa, Guojie Zhang, Shigeru Kuratani, Jr-Kai Yu, Takehiro G Kusakabe, Philipp Khaitovich, Naoki Irie*, EXPANDE Consortium DOI番号 10.1038/s41559-017-0318-0 論文URL https://www.nature.com/articles/s41559-017-0318-0
用語解説
注1 脊椎動物
脊椎をもった動物。鳥類、哺乳類、爬虫類、両生類、魚類からなる動物群。脊索動物門というより大きな分類群に含まれる一群で、分類群名は脊椎動物亜門。「門」は生物分類における基本的な分類階級のひとつ。学説によって異なるものの、動物は約35の動物門からなるとされている。脊索動物門は、脊椎動物に加えて、ナメクジウオなどの頭索動物とホヤ類などの尾索動物をあわせたグループ。動物門はボディプランの違いを基準に分類され、門ごとにそれぞれ異なるボディプランをもつ。↑
注2 体の基本的な解剖学的特徴
バウプランともいわれる。同じ進化系統群に属する動物が共有している基本的な解剖学的特徴。例えば脊椎動物では、脊椎、目、耳、咽頭、背側神経、心臓、肝臓、脊索、胃、生殖腺、腎臓、肛門、尾部などからなり、5億年以上の進化を通してそれらの結合関係にはほとんど変化がない。バウプランは脊索動物門や節足動物門など、動物「門」という分類群ごとにみられる解剖学的に共通な特徴をさすこともあるが、ここではそれを特にボディプランと呼び区別する。脊椎動物は動物門ではなく、脊椎動物亜門。↑
注3 発生砂時計モデル
からだづくりが行われる胚発生と進化の関係性を定式化した理論で、1994年にDeniss Duboule博士によって提唱された。ヘッケルの反復説など、従来の考えでは、発生の初期が最も多様化していない(保存された)胚段階であるとされてきたが、そうではなく、発生の途中段階が保存された胚段階であることが、近年の遺伝子発現情報の解析から明らかになった。この保存された器官形成期に動物門ごとのボディプランが成立すると考えられている。発生砂時計モデルは、脊椎動物以外にも昆虫を含む節足動物や、線虫、軟体動物においても成立することが報告されている他、動物とは独立に多細胞のからだを進化させた植物やキノコなどを含む菌類でも成立するとする研究報告もある。↑
注4 使い回し遺伝子による多様化の制約
多面拘束効果とも呼ばれる。使い回し遺伝子が進化的な制約を生み出すメカニズムはいくつか考えられ、それらを総合した概念。例えば、多数の生命現象に関与する遺伝子が機能異常を起こすと、関わるすべての生命現象に異常を来すため、結果として関わる生命現象そのものも進化を通した変化に乏しくなるというシナリオがある。他にも、使い回し遺伝子の制御は頑健なので、種内での多様性がそもそも生まれにくいというシナリオもある。↑
―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―